第70回 | 2011.10.31

マーケットイン・アグリプロジェクト!消費者目線のものづくりを目指せ! ~KAB研究会レポート③~

毎月最終金曜日の夜、流通研究所では神奈川型アグリビジネスのあり方を探ることを目的とした研究会(通称・KAB研)を開催している。この度は、ゲスト講師に株式会社 アップクオリティの泉川代表を招き、「店頭プロモーションと農産物の流通動向」をテーマに講義を頂き、その後活発な意見交換を行った。本日は泉川氏の講義のポイントを踏まえ、販売促進という視点から私の考えを述べてみたい。

泉川氏は若干32歳の青年実業家で、僅か9年間で年商約8億円のプロモーション会社に成長させている。泉川氏と私の出会いは、私が審査委員を務めるフード・アクション・ニッポンのアワードの昨年度の表彰式である。アップクオリティが取り組む「スーパーを八百屋に戻そうプロジェクト」は、主流になりつつある大手のセルフ販売・低価格販売に一石を投じる取組として、多くの審査委員の共感を得て優秀賞を受賞した。表彰式で泉川氏と会った瞬間、「こいつはただものじゃない」と直感し、その後様々な情報交換を行い親密なお付き合いをさせて頂いている。

どこのスーパーでも見られるマネキンは、店頭で試食などを販売員が行い商品の売上向上を目指す販売促進手法であるが、泉川氏はこのマネキンに魂を吹き込むことに力を入れてきた。例えば、特定の農産物を売る場合、産地に行って生産現場のビデオをとって、マネキンに見せて商品知識を習得させるなど、徹底した研修を行って売場に送り出す。また、日本ソムリエ協会と資本提携し、野菜ソムリエの資格をとった人材の受け皿となり、店頭プロモーションの陣頭指揮などに活用している。マネキンのセールストーク一つで、売上は倍増するという。こうした実績により確実にクライアントを拡大してきた。

アップクオリティが最も得意な販売促進手法は「クロスマーチャンダイジング」である。ご存じのとおり、多くのメーカーは多額の予算を投下して、先ずは売場でのフェイス確保・売上アップを狙い、店頭でのプロモーション活動を行っている。スーパーの売場の華は、何と言っても生鮮産品のコーナーである。メーカーは、この売場の旬の食材に合わせて商品開発を行っている。しかし自分の商品だけ売りこもうと活動しても、なかなか成果があがらない。そこで、例えば調味料と野菜をセットで販売し、メニュー提案まで行い消費喚起を図ろうとする販促手法が、「クロスMD」と言われるものである。メーカーと産地を提携させることで、調味料も野菜も売れて、メーカーも産地もスーパーも喜ぶプロモーションをやっていくことができる手法である。

近年の企画のテーマは、「売場にエンターテイメントの要素を持たせる」ことにあるそうだ。先般は、東京青果と提携して、「りんごの食べ比べフェア」を実施し、好評を得ている。また、試飲コンテストなど、テレビCMの内容を売場で再現するといった企画も推進中である。講義では、現在企画中の具体的な話をいくつか聞かせて頂いたが、メーカーへの企画提案中であり、紹介できないのが残念である。

アップクオリティの近年の自主企画の一つに、テリー伊藤 氏のテレビCMでおなじみの米粉倶楽部と連携し、「米粉ロール選手権」があげられる。全国の米粉を使った米粉ロールを菓子店などと開発し、幅3cmにカットして、百貨店や駅中の特設会場などで販売するものだ。2月、6月の2回実施したが、テレビなどのマスコミが取り上げたこともあり、爆発的な売上があったそうだ。6月の選手権では、東北地方の米粉を積極的に活用し、地域の高校と商品の共同開発を行うなど、震災からの復興と6次産業化にも寄与している。

アップクオリティは、最初は2名の有限会社で、小さなマネキン会社として大阪のボロ事務所で起業したそうだ。その後ドールからの大型受注を契機に会社は発展して行く。これまで何度も失敗したし、経営状況が非常に悪化したこともあると言う。泉川氏が言うには、「最初はとりあえず社長になってぼろ儲けしてやろう」と野心が設立のきっかけだったそうだ。しかし企業の成長に合わせ、「国産農産物の消費拡大」、「買い手目線の売り場づくり」という企業理念が固まり、この理念に沿って正義であると判断したことは、若さと体力で遮二無二前進してきた会社である。社員の方々とも日頃交流させて頂いているが、彼らが持つ情熱とパワーにはいつも圧倒させる。私は、泉川氏が率いるアップクオリティという会社が、今後の農林水産物・食品流通を本気で変える原動力となるのではないかと考えている。

後半戦は、小売店の動向についての話が中心になった。スーパー業界は、低価格で豊富な品揃えを目指すSEIYUのような店舗と、比較的高価格でもこだわりを持った売場づくりを目指すヤオコーのような店舗の2極分化がさらに進むという見解が示された。前者は外資系・大手のスーパーを中心に、自社の物流センターを開設するなど流通改革が進むことで、さらに顕著になる。反面、設立以来増収増益のヤオコーでは、旬や行事に合わせ、農産物食材から加工食品まで一か所で販売し、料理の実演を売場で行い、「今晩の夕食」を顧客に提案するなど、食育の観点から消費喚起を行っている。生産者・産地としては、どちらのパートナーと組むかがポイントとなる。当然後者と組みたいところであるが、ロット・品質・納入条件などを考え合わせると、前者と組む方法も検討の余地がある。

泉川氏は最後に、販路開拓・販売拡大のために必要な要素は「消費者目線のものづくり、ことづくり、売場づくり」であると明言した。マーケットは、地産地消、地産都消、海外輸出の3つに大別されるが、それぞれの顧客・消費者が求めているものを見極め、クロスMDやリアリティある売場づくり、メニュー提案などの視点を踏まえ、産地側の叡智を絞って適切な情報発信を行えば、いずれのマーケットにおいても販路開拓・販売拡大は実現できるというのが泉川氏の考え方である。

講演終了後の質疑も踏まえ、いくつかの神奈川型アグリビジネスのポイントが浮かんだ。1つめは、どんなに価値ある商品でも、スーパーの売場においておくだけでは売れないということである。KABSのメンバーである「おいしい農園」の石井さんは、年間20品種に上るミニトマトを栽培しているが、消費者との接点を非常に大切にしており、週に1度の朝市では、かならず自ら販売に当たっている。生産者自ら販売するのはとても大変なことであるが、消費者に対しダイレクトに価値を伝えて行くことが高単価での販売につながることになる。アップクオリティは、この役割を高度な研修を積んだマネキンに担わせることで、高い販売実績を実現している。神奈川の農業やこだわりをもってつくる農産物について習熟したマネキンが売場に立って、KABSのメンバーの農産物を販売するような手法がとれないだろうか。

もう一つは、地方版のクロスMDや地方ならでは売場づくりにチャレンジすることだ。KABSのメンバーは、高い技術力を持って異なる作物を生産しており、特定品目をロットで勝負するような売り方は出来ない。しかし、メンバーがそれぞれの産品を持ち寄って、スーパーでの売場づくりを提案するとともに、大手企業の支社などに働きかけることによって、クロスMDなどの販売手法を導入することが可能ではないかと考えられる。例えばビールメーカーをスポンサーとして、「この冬は、ビールと地場野菜の鍋で豊かな夕食を」などのキャッチフレーズを掲げ、はくさいやしいたけ、ねぎなどを販売するといったことを実現できないだろうか。

この度のKAB研はとても有意義で、盛り上がり、私個人としても大変勉強になった。極めて多忙な中、講師を受けて頂いたアップクオリティの泉川さん、同行頂いた伊達さんには心から感謝したい。これを契機に、KABSにおける新たなビジネスモデルの研究に一層力を入れるとともに、アップクオリティと流通研究所の連携をさらに深め、日本の農業全体を変えていくような仕組みづくりを目指して行きたい。