第69回 | 2011.10.24

ピンチをチャンスに。大規模農業法人が今後の地域農業の主役! ~食と農林水産業再生のための基本方針から~

TPPへの参加に向けて、待ったなしの協議が進められつつある。私は、このコラムで再三TPP参加への反対意見を述べてきたが、どうやら参加という基本方針は避けられそうにない。関税がない安価な農産物が輸入されれば、米、酪農、さとうきびなどの産地は崩壊することは明らかである。10年程度の猶予期間が見込める中で、直接支払制度の枠組みの変更と拡充、力強い産業への転換を目指した構造改革など、この国の農業の姿を見据えた政策論議を早急に進める必要がある。

TPPへの参加が決定した場合、多くの農家や農業関係者は絶望するだろう。そして国が悪い、政策が悪いと恨み節が全国で蔓延するだろう。しかし、決まった後に恨み節を連ねても何ら進展はなく、負け犬で終わるしかない。私たちがやるべきことは、最悪と考えられる中でも、状況を冷静に分析し、新たな活路を見出して次の手を打っていくことである。ピンチをチャンスに変えろとよく言われるが、これが出来ない農家は、しょせんいつまで経っても自立できず、いずれにせよ埋没してしまうだろう。

では、TPPへの参加を前提とした場合、何をどのように考えれば良いのか。その答えのいくつかは、野田首相が議長を務める「食と農林漁業の再生実現会議」から先日発表された「食と農林水産業のための基本方針」に見出すことができる。この基本方針には、今後5年間を競争力・体質強化、地域振興の集中期間と位置づけ、7項目の戦略が提起されている。この基本方針はTPP参加を見据えたものではないとしているが、TPP参加と抱き合わせで今後実施される政策の骨子を示唆していることは間違いない。また、今後5年間に、この骨子に基づきかなりの規模の予算が農業分野に投下されることになるだろう。「政策に振り回されてはいけない。しかし、政策は可能な限り活用せよ」が私の持論だ。今後実施される政策を予測し、農家自身の経営、地域経営の戦略を予め組み立てていくことが重要である。

この基本方針では、持続可能な力強い農業の実現、6次産業化・成長産業化・流通効率化、エネルギー生産、震災に強い農業基盤の構築、原子力災害対策の6つの戦略に加え、速やかに取り組むべき重点課題として経済連携との両立があげられている。この中で私が着目したが、青年就農支援の強化である。先般新規就農者の育成に対する支援策が急速に強化されつつあるが、この動きはさらに加速されるようだ。

しかし、新規就農者を希望する若者は多いものの、その受け皿組織が地域にないことが課題である。農家の後継者達は、親のなすことを見て育ち、自然に技術を引き継ぐから若くても一人前になれる。一般的な研修を受けたしろうとの若者が、周辺の農家の見よう見真似で一人前になろうとしても、かなり難しい。ここに農業の特徴があり、産業としての発展性を拒む壁がある。

一方、基本方針の内容を踏まえると、農業経営の法人化への支援も一層強化されることになりそうだ。私の持論であるが、大規模農業法人が、就農希望者を雇用という形態で受け入れ、一定の所得を得ながら技術を磨き、やがてのれん分けしてもらい、農家として自立するという方式でないと、新規就農者による担い手育成はできないと考えている。私の仲間の大規模生産法人を経営するカリスマ達は、みな同様の考えであり、これを実践している。農業の法人化と新規就農者育成は一体であり、今後はこの点に着眼した政策も強化されることだろう。個人的には、家族経営からの脱却と企業的経営への転換以外、持続的に担い手を育成して行く方法はないと考えている。

流通研究所が行っているKABS(神奈川アグリビジネスステーション)に集まって来る若手農家は、それぞれが高い技術とプライドを持って農業経営に取り組んでいる。しかし、自分の経営を安定させることが先決で、法人化を目指そうという発想はない。また、法人化は農家にとって、必ずしも正しい答えではなく、法人化したことで逆に経営が立ち行かなくなった農家も多い。また、企業の経営者としての知識・センスなどが必要であり、誰でも出来ることではない。

それでも若手農家は、法人化にチャレンジして欲しいと思う。法人化以外、新規就農者を育て、農業を産業として押し上げる道はないからだ。そのためには、自分のためだけでなく、自分が地域農業を、地域社会を変えて行くという大きな志が必要である。基本方針では、担い手の農地集積を加速させる方向性も示されている。したがって、法人化の次は、大規模化へも多様な支援策が講じられて行くものと考えられ、志の高い農家にとっては追い風となる。

また、基本方針では、地域農業を牽引するJAに対し、買取販売の拡大や販売力の抜本的強化、生産資材価格の引き下げなどの改革を促す内容が掲げられている。一連の営農改革を進める中で、JAが共同出資して法人化することも検討して欲しい。全国全てのJAは、出資法人を設立するべきだと言うのが私の持論である。いずれのJAも、組合員の高齢化、集荷力・販売力・地域での求心力の低下が進んでいる。組合組織という特異性があり手を出しにくい分野であることは分かるが、担い手育成と産地化を自ら担うという発想がなければ、今後のJAは社会的な存立意義を失うのではないかと思う。

企業が担い手の重要な一つという位置付けはさらに明確になり、企業の農業参入はさらに後押しされることになるだろう。農業参入を検討している企業は、TPPへの参加と政策転換が見込まれる今が、大きなチャンスである。企業が新規就農者の受け皿となり、地域の農地の守り手になることに期待したい。

ただし、このコラムでも繰り返しコメントしたように、「地域・農家との連携なくして企業の農業参入に成功なし」というキーワードは忘れないで欲しい。また、6次産業化対策は今後も充実されると考えられるが、法人化さえも難しい中で、ほとんど農家に6次産業化などできない。確かに一部の農業法人は加工事業などで成功を収めているが、それはレアケースであり、農家は農業生産に特化すべきである。6次産業化は、企業が主役となって地域・農家に働きかけることで実現するものであると考える。6次産業化に関する支援策の充実は、農業参入を考える企業にとっては追い風で、今後様々なビジネスモデルが考えられる。

国際競争力を持つたくましい農業へ転換するための主役は、人材育成力、技術力、生産力、販売力、そしてネットワーク力を持った大規模農業法人になると確信している。農家も、農協も、企業も、そして自治体も、今後の国の政策を見据えつつ、大規模農業法人設立に向けた検討を始めて欲しい。