第136回 | 2013.03.18

グローバル化は私たちの生活を豊かにする? ~TPP交渉参加表明を考える~

安倍首相は3月15日、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に参加することを、正式に発表した。これは、先にオバマ大統領と麻生副総理との間で、重点項目では聖域はありうるという共同声明を受けて、首相が英断したものだと考える。改めて確認すると、TPPとは、太平洋を囲む国々が輸入品にかける関税をなくすなどして、「モノ」「カネ」が自由に行き来できる経済圏をつくる仕組みであり、グローバル化を大きく加速させるものである。農林水産省の試算では、関税をゼロにした場合、外国の安い農産物が輸入され国産と置き換わることから、国内主要33品目の農林水産物生産額は、現在の7.1兆円から4.1兆円に激減すると試算している。

私は、聖域なき関税撤廃には断固反対であるが、TPP交渉への参加には賛成である。世界第3位の経済大国であり、アジアのリーダーである日本が、国際交渉にも参加しないなどと言う野蛮な国であってはならない。公約通り、例外品目を認めさせることを前提とした、政府の交渉力に期待したい。

ところで先日、30年来の親友と、一杯やる機会があった。彼は、誰でも知っている有名な大手企業で働いており、3年間の中東での駐在員勤務を終え、一年前に帰国した。話題は多岐に渡ったが、自由貿易やグローバル化などについて、酒の席には似合わない話にまで及んだ。彼の話によれば、自由貿易による輸出拡大ではなく、多国籍化、国際化に戦略の主眼を置く大手企業がほとんどだと言う。

日本は、スケールメリットや人件費の低減などでは国際競争には勝てない。残るは技術力と言うことになるが、中国やインドにも驚くほど優秀な人材が多く育ってきており、この技術面での優位性もあやしくなってきた。十数年前には考えられなかったが、もはや日本の家電メーカーはサムスンには全く歯が立たない。かつて中進国、発展途上国と言われていた国々が、あらゆる分野で国際競争力を急速に付けつつある。

では、日本企業はどうやって生き残りをかけていくのか。その答えは、日本で製品を作って輸出するのではなく、成長が見込める複数の国に拠点を移して製品をつくり、その国、あるいは近隣国、さらには日本をターゲットに製品を売ることにある。複数の国に拠点をつくることで、経営リスクを分散させることが出来るし、さらに広い市場を対象とした事業展開が可能である。また、製品化にあたっては、中間財は他国、完成品は日本で製造することで(逆も多々ある)、賃金水準や技術水準を踏まえた効率的なものづくりを模索している。

経済団体がTPP参加を強力に推し進めようとする背景には、GDPの12%でしかない輸出の優位性を確保すると言うことよりむしろ、企業がこうした多国籍化、国際化を進める上での障害を減らし、世界経済の中で生き残れるコングロマリットを目指したいからだと彼は言う。企業の多国籍化、国際化は、これまでも確実に進んできたが、もはや輸出では勝てないと判断した大手企業は、日本を捨て活路を海外に求める動きが急ピッチで進んでいくだろうと言う。

全く国際競争力がない農産物の輸出など論外であり、競争力のある農業を本気でやりたければ、海外に行くしかないだろうと言う話には、多少カチンと来たが、私たちも冷静に考えなければならない。米は本当に国際競争の中で、勝ち残れるような商品なのか。安倍首相も農産物の輸出には全面的な支援を打ち出していることから、恐れず、億さず、チャレンジはすべきであろう。

また彼は、こうした動きの中で、大手企業の社員の生活が、いかに悲惨かについて語った。国際化が急速に進む中で、企業は社員の家庭環境などに配慮していられない。新婚ほやほやだろうが、娘が小学校に上がる時期だろうが、容赦なく海外勤務を命ずることになる。国内での事業は縮小し、海外での事業が急拡大するのだから仕方がない。その結果、多くの社員が単身赴任を余儀なくされ、数年ぶりに日本に帰ってきたら娘はぐれていた。あるいは奥さんが男を作っていたなどの話はいくらでもあるそうだ。また、奥さん同伴で海外に行ったものの、奥さんがノイローゼになってしまったなど、彼の周りでも家庭崩壊に至った社員は星の数だと言う。

私も若い頃は、海外で仕事をすることにあこがれ、新卒後はその筋の会社に就職した。今でも多くの若者が、世界を股にかけて仕事をしてみたいと考えているだろう。しかし現実は、どこに行かされるかわからないので、マイホームは買えないし、人並みの家庭を持つことさえ容易ではない。私が若い頃は、海外勤務が多いのは商社ぐらいだったが、これからはどの大手企業に入っても、こうした生活が主流になっていく。それが国際化であり、TPP参加によって、さらにそうした潮流が加速されていく社会である。

自由貿易・国際化の流れは、過疎化・高齢化と同様、もはや留めることはできないだろう。でも、彼の話を聞いて、これから先日本は、どういう国になってしまうのだろうと、考え込んでしまった。郷土と家族を捨ててまで、戦い続けなければならない宿命なのか。しかし、悲観的なことを考えても何も始まらない。どんな時代が来ようと、我々は常に挑戦し、新しい道を切り拓いていかなければならい。頑張ろう!日本、頑張ろう!農業。