第167回 | 2013.11.12

オーガニックビジネスのゆくえ! ~第1回フードマーケティングセミナーより~

この度、旧知の徳江倫明氏からの誘いで、法政大学経営大学院で開催された「フードマーケティングセミナー」に参加させて頂いた。第1回は、「オーガニックマーケットの可能性」と言うテーマで、有機野菜の宅配時代を創った「らでぃっしゅぼーや」の今までとこれからについて、マーケティングの第一人者である法政大学大学院の小川孔輔教授をファッシリテーターに、「らでぃっしゅぼーや」の創始者である徳江倫明氏と、現会長の緒方大助氏との鼎談(ていだん)方式で行われた。少数精鋭のセミナーであり、当日は60名程度の参加者があった。

1998年に設立した「らでぃっしゅぼーや」は、有機野菜セットを宅配するというシステムで、徳江氏が退任するまでの10年間で、宅配会員55,000世帯・年商178億円にまで成長し、そのマーケティング手法はオーガニック業界のみならず、農産物流通のあり方にも大きな影響を与えてきた。2000年には青汁で有名な「キューサイ」への売却に伴い緒方氏が社長に就任し、その後日本最大のベンチャーキャピタル「JAFCO」と提携して「キューサイ」から独立し、2008年には上場、そして2013年には「NTTドコモ」による公開買付と、変遷・成長を遂げてきた。

「らでぃっしゅぼーや」の原点は、徳江氏も創業時のメンバーであった有機農産物の流通団体である「大地を守る会」にある。当時非常にマイナーであった有機農産物をメジャーにするという理念のもと、市民団体と連携する一方で、「大地」の共同購買方式から宅配方式に転換したことで、「らでぃっしゅぼーや」は爆発的な成長を遂げることになる。メディアが積極的に取り上げたことで、何も広報を打たなくても25,000世帯まで会員が拡大したと言う。その当時、会員のことを「お客様」ではなく「パートナー」と呼んでいたことでもわかるように、生産者と「らでぃっしゅぼーや」、会員の三者は、共通の理念のもと、特別な絆で結びつきながら事業を拡大していったと言えよう。

緒方氏が社長に就任した時、「らでぃっしゅぼーや」には、三者の間に、信頼と感謝の「善循環」があると感じた。その反面、「良いものを作って売っているのだから、我慢して食べなさい」的な、相互の甘えも感じたという。良いものであれば、会員はもっと利用して欲しいし、生産者はさらに良いものを作る努力と、価格を下げる努力をするべきだと考えた。持たれ合いと甘えの構造から抜け出さないと、これ以上、ビジネスとしての発展性はないと考えた訳だ。

そこで先ずは、品揃えの強化に着手した。マーケティング調査を行い既存の商品構成を検証し、それまで3,000アイテムだった商品数を、消費者ニーズを踏まえ、8,000~9,000アイテムに拡大した。また、これまで社内で「パートナー」と呼んでいた会員を、「お客様」と呼ぶよう社風を刷新した。消費者ニーズを踏まえた商品戦略を打つことで、甘えの構造からの脱却を目指した。

次に着手したのが、「キューサイ」からの独立と店頭公開である。マイナーなものをよりメジャーにしていくことが、消費者からの信頼を高め、生産者や従業員のモチベーションアップにつながると考えた。情報公開できる社会に開かれた企業にすることで、より筋肉質の経営体質への転換を目指した。その結果、一時低迷していた会員数は10万人を突破し、売上も1.7倍に拡大した。

2013年に「NTTドコモ」による公開買付に応じたことは、良いものをさらに多くの人々に広めたいという緒方氏の経営理念によるものだ。「NTTドコモ」は、現在6,000万人が契約を結んでいる。スマホが急速に普及する中で、消費者はウエブが主要な情報入手媒体となりつつある。そこに「らでぃっしゅぼーや」の情報を載せれば、会員数はさらに飛躍的に伸びるだろうという目論見がある。これまでの「らでぃっしゅぼーや」は、食生活に対して課題意識を持っていた消費者が自ら積極的にアクセスすることで成り立ってきた。NTTドコモとの提携により、広く情報発信することで消費者の課題意識を掘り起こして顧客に取り込むという大きな戦略転換を実現することになった。

「NTTドコモ」は、「らでぃっしゅぼーや」に加え、「ABCクッキング(料理学校)」、「タワーレコード(大手音楽ソフト販売チェーン店)」を相次いで買収している。携帯業界2位、3位の企業が「NTTドコモ」のトップシェアを取りに行く戦略を基本としているのに対し、「NTTドコモ」は、サービスの充実によりドコモからお客を離さない戦略を基本としている。顧客獲得戦略という視点で、「らでぃっしゅぼーや」にとっても「NTTドコモ」にとっても、最適なパートナーシップを結べたと言える。

徳江氏が実施したオーガニックマーケットに関する調査では、日本の消費者は、自分のため家族のために有機野菜を購入するという、極めて利己的な欲望からオーガニックマーケットが形成されていることを明らかにしている。一方、欧米では、環境保全とそれを進める生産者を応援するといった社会性を重視し、有機野菜を優先購買する消費者が主流である。徳江氏が目指したのは、日本人も潜在的に持つであろう社会的な課題意識を喚起させることで、オーガニックマーケットを拡大していこうというものだ。これに対し、緒方氏は、利己的であろうと現在の消費者ニーズを喚起する商品を提供し、ビジネス重視でマーケットを拡大させようという考えだ。鼎談の中では、両者の考えの違いが鮮明になった。徳江氏は自ら認めるように、ソーシャルな視点を持った哲学者としての性格を持つ。一方緒方氏は、あくまで企業経営者である。

後半は、「NTTドコモ」との提携により、「らっでぃっしゅぼーや」は、どこまで顧客を、そして事業を拡大していくのかが論点となった。有機農産物の現在のマーケットは農産物全体の概ね1%であるとすると、「NTTドコモ」の契約者6,000万人のうち、60万人は新規顧客として取り込める可能性はある。しかし徳江氏は、ものの本質をきっちり伝えるためには適正規模があると警鐘を鳴らす。これに対し緒方氏は、「NTTドコモ」は「らでぃっしゅぼーや」というブランドを買ったのであり、いたずらに規模拡大を目指して品質を落とすことが、どれだけブランド価値を落とすことになるかは、むしろ「NTTドコモの方がよく知っていると答えた。

途中両者の激しいバトルも見られたが、オーガニックマーケットは、生産者と消費者、そして「らでぃっしゅぼーや」などの事業者の、三者の信頼関係の上に成り立つものであり、それぞれの努力のもと時間をかけて育むものであることは、両者の共通した認識であると感じた。私は、徳江氏が言うように、オーガニックマーケットが利己的な理由ではなく、社会性に目覚めた消費者によって支えられ、拡大するものであって欲しいと考えるし、そのために生産者も流通業界も行政も更なる努力を重ねるべきだと思う。その一方で、同じ経営者として緒方氏の経営手腕は非常に評価する。

社会性を常に理念に掲げつつ、企業を発展させることが理想だ。農林水産業専門コンサルタントとして、「平成の二宮金次郎」として、そして流通研究所の代表取締役として、今後の生き方を再考するきっかけになったセミナーだった。