第105回 | 2012.07.23

オイシックスに学ぶ生産者のモチベーション向上に向けた取組 ~「ライフ・イズ・ベジタブル」を読んで~

オイシックスの代表取締役である高島宏平の著書、「ライフ・イズ・ベジタブル」を読んだ。この本は、高島氏が、ネットベンチャーとしての「オイシックス」を創業してから、今日まで波乱の12年を振り返り、その人生で学んだ「仕事に夢中になる8つのヒント」をまとめたものだ。著書の中で高島氏が繰り返し述べているように、この著書は、いわゆる「成功物語本」ではなく、どうしたら一生懸命になれるのかを書いた「夢中物語本」である。

オイシックスは現在、利用者数75万人、社員数151人、売上高126億円の、農産物を中心としたネット販売の著名な企業に成長している。しかし、今日のビジネスモデルを確立するためには、ネットバブル崩壊後の資金調達、マーケットがない中での顧客創造、見ず知らずの生産者との信頼関係の構築、関連会社の突然の廃業への対応など、血が滲むような努力で、多くの壁を乗り越えてきた。何度も絶望的な状況に陥る中で、創業期の仲間と共に、常に前を向いて前進してきた姿に、同じ経営者として深い共感を覚えた。先ずは著書に書かれている「仕事に夢中になる8つのヒント」について、簡単に説明する。

1つ目のヒントは「チャレンジ中毒」、チャレンジし続けることを通してリーダーシップのあり方や課題への対処の仕方など、様々なことを身につけることができると言う。2つ目は、「チャレンジに一番大切なこと」として心から「同志」と思える仲間をどれだけつくれるか、3つ目は「一歩を踏み出す仕掛け」、起業する仲間同士でそれぞれが3年程会社に勤め、その後集まって起業するという契約が、オイシックス創業の仕掛けになった。4つ目は「素朴な疑問」、玄人では持ちにくい素人ならではの疑問が、ビジネスを組み立てる上でのヒントになったと言う。

5つ目は「苦しい時は形から」、苦しい時にくよくよするのではなく、胸を張って「大丈夫」と言い切ることがリーダーがとるべき姿勢だとしている。6つ目は、「問題を解く態度は選べる」、振りかかる問題を選ぶことはできないが、発生した問題に対し前を向くのか、後ろを向くのかによって、その後の道は大きく異なるとしている。7つ目は「外から目線」、当事者として内部から考えていても見えないことが、外部の視点で自分達を見ることで気付くことが多いと言う。そして8つ目は「愚痴を言う人、感謝する人」、難問が発生した時、愚痴に終わらせてしまうか、感謝して次を見据えるかによって、人生は良くも悪くもなると締めくくっている。

オイシックスの創業から現在の地位を築くまでの、生々しい実話を通して、高島氏の理念や行動指針が浮かび上がってくる。その中で、私が特に興味を持ったのは、オイシックスの生産者との取引関係の構築手法だ。現在オイシックが契約している農家は全国で約5,000人。創業期には何度も農家に足を運び、農作業を手伝いながら信頼関係を築いて、一人ひとり丁寧に開拓してきた成果である。生産者は、減農薬栽培を基本に、おいしい農産物をつくる篤農家ばかりだ。

一つ目の仕掛けは、生産者の思いがこもったおいしい農産物に、オリジナルのネーミングをつけ、ヒット商品を次々に生み出していったことだ。規格外品の「ふぞろい野菜シリーズ」に始まり、とびきりの甘さが特徴の「ピーチかぶ」、加熱した時の食感をイメージした「トロなす」、生で食べられる「極生フルーツコーン」、自然が味覚を育んだ「雪下フルーツキャベツ」、カリスマ農家が作った「あまっ娘野菜」、絶滅品種に焦点をあてた「リバイバルベジタブル」など、「野菜にドレスを着せる」という発想である。消費者にも分かりやすいだけでなく、コンセプトに合わせて農家が生産に励むことができる。

もう一つの仕掛けは、ネットで購入した顧客が、1年間で一番おいしかった農産物に投票し、農産物と生産者を表彰する「農家(ノーカー)・オブザイヤー」である。従来から、オイシックスでは、消費者の声を生産者に届ける取組を行ってきた。「とても美味しかった」、「去年より味が落ちている」など、良い評価だけでなく、悪いことも伝える。生産者は、顧客がこれほど舌が肥えているのかと驚愕するとともに、自分がプライドをかけて作った農産物を適正に評価してくれる顧客が存在することを知り、大いにモチベーションを上げている。

この「ノーカー・オブザイヤー」は年々規模が大きくなり、今では生産者を中心に約500人が集まる業界の一大イベントにまで成長した。開催場所も当初の区民センターでは収まりきらず大ホールへとなり、受賞した生産者にはマスコミからの取材や問い合わせが入るようになり、農業界では一目おかれる存在となった。受賞を逃した生産者でも、「来年は絶対自分がとる」とさらにモチベーションを高めてもらえるようになった。

現在、全国の産地でオイシックスと取引している生産者はあこがれの的になっていると言う。生産者は誰にも負けないおいしい農産物をつくることがプライドであるが、その価値を評価してもらえる仕組みが少ない。オイシックスの様に、農産物の価値を消費者に分かりやすく伝え、その評価を生産者まで適切にフィードバックし、優れた農産物とその生産者を表彰すると言う仕組みは、生産者が最も求めていることの一つと言えよう。

高島氏は最初から農産物の流通業をやろうとした訳ではなく、単なるネットベンチャーの視点で起業し、先に示した8つのポイントを哲学に変えて、現在のビジネスモデルを作った。「野菜にドレスを着せる」、「農家・オブザイヤー」と言う発想も、現場で発生するいくつもの問題に対し、常に前を向いて解決して来た末に生まれた発想である。東大出身の高島氏は、いわゆる「天才児」という評価を受けがちである。しかし、書籍を通して私は、高島氏は「天才」と言うより「スポコン・ヒーロー」と言う匂いがした。また、ネット販売と言うアカデミックなビジネスと言うより、生産者視点の地に足がついたビジネスであると感じた。

書籍の冒頭で高島氏は、まだ成功者であるとはとても言えないと語っている。真の成功に向けて、今後のオイシックスの動向に注目して行きたい。