第152回 | 2013.07.08

アベノミクスで農産物価格は上がるのか? ~脱デフレによる市場動向を考える?~

アベノミクスにより、一部の業界は力強い回復基調を示しており、安倍政権に対する支持率は良好である。長引くデフレからの脱却は、誰もが望んでいたことであり、食品業者・農林水産業界でも期待は高まっている。これでやっと価格競争は終わる、出口が見えないトンネルから抜け出せると思っている関係者は少なくないだろう。しかし、アベノミクスで、農産物価格は本当にあがるのだろうか?

先般、日経新聞に「変調の波・回転ずし」というタイトルの特集記事が出ていた。これまでデフレ経済下においても、一貫して伸びてきた回転寿司業界が、この一年で一転してマイナス基調に転じており、トップの「カッパ」、2位の「スシロー」、3位の「くら」ともに減収で、大幅な赤字を計上する公算が強いようだ。その一つ目の原因は、上位3社だけでも出店数が1,000店を超え、出店余地が少なくなり業界全体が過当競争に陥りつつあることだ。もう一つの原因は、円安の進行によるすしねたとなる水産物価格の上昇である。回転寿司業界は、もともと原価率が45~50%と高いことに加え、サーモン・マグロ・エビなど、主要原料を輸入に頼っていることから、円安が経営を直撃することになった。

一方、週刊ダイヤモンドでは、大手食品メーカーと大手スーパーとの価格バトルの実態が記載されていた。食品メーカーもまた、原材料の多くを輸入品に依存している。死活を掛けて価格を上げようとするメーカーと、それを押さえ込んでエブリデー・ロープライスを維持しようとする大手スーパーのせめぎ合いが本格化しつつある。食品メーカーは、原価の上昇をエビデンスに基づき主張するが、大手スーパーには、ナショナルブランドを切ってプライベートを拡大すると威嚇する。大手スーパーは圧倒的なバイイングパワーと、いまだ低価格志向にある消費者という応援団がついている。

飼料の大半を輸入に頼る畜産業界も食品メーカーと同じ事情を抱える。こちらは食品メーカーほど体力がないだけに、飼料価格の高騰を販売価格に転嫁できないと、それこそ頓死に至る。三本の矢で、景気がよくなり、庶民のさいふの紐はゆるくなって、消費は拡大し、物価もゆるやかな上昇に転じるというのがアベノミクスのシナリオだ。しかし、円安により原料価格が上昇する中で、販売価格があがらないのであれば、食品業界・畜産業界ともに大打撃を受けることになる。

さて、野菜や果実の今後の価格動向はどう考えたらよいのだろうか。楽観的な観測で言えば、国民の所得が増加し、家計が豊かになって、多少高くてもおいしい野菜や果実を買おうという消費者が増えて、価格は上昇するとこが考えられる。しかし、大手スーパーが価格の決定権を握っている現在、やすやすと上昇基調に転じるとは考えにくい。過去5年間、野菜の消費量は変わらないのに、価格はずっと下がり続けている。ケインズのような古典的な経済理論で考えると、国内の総需要量も総供給量も変わらないのに、価格だけが下がり続けることは考えられない。それでも野菜などの価格が下がり続けている原因は、スーパーの販売政策にある。

私がコンサルタントを始めた四半世紀前、スーパーの青果物の粗利は小売価格の32~35%であったと記憶している。しかし現在は、20%程度に縮小しているのでないかと思う。インショップ取引の場合、委託方式の手数料は20%、買取で25%というのが相場になりつつある。加えて、毎日のように青果物は特売品になっている。スーパーにとって、店舗の入り口部分に売り場を置く青果物は、客寄せパンダであり、利益は出なくてもよい商材だ。先ずは、彩り鮮やかな青果物でお客を引き寄せ、利益はグローサリー部門などで稼ぐというのがスーパー商法の鉄則だ。

また、青果物は入り口部分に売場を占めることから、消費者の反応も敏感で、青果物の価格が安い・高いで店舗の評価が変わってしまう。したがって、青果物の価格はどこよりも安くしなければ、スーパーも競争に勝てない。問題は、国民の消費を左右する最大手ほど、その傾向が強いことだ。「うちはたくさん青果物を買ってやっているが、赤字を出して売っている。だから仕入価格はもっと安くしろ。」などといった、大手スーパーのバイヤーの常套句が聞こえてきそうだ。

こうした現状を考え合わせると、景気回復により、価格より品質を重視する消費者は増えても、青果物の価格が一気に上昇することは考えにくい。そうなると、原油価格の高騰により、周年型の施設栽培などは、一段と経営環境が悪化することになる。これ以上、従来型のスーパー商法を許してはならない。このまま行けば、日本の農業は崩壊するだろう。では、どうしたらよいのか。

一つ目は、国がある程度強制権を持って適正取引を指導していくことだ。生産者の義務や責任を強化するだけでなく、小売店にも社会的責任をとらせるような行政介入があってもよいのではないかと考える。商法など各種の法令とのからみや、小売業界や消費者団体などからの圧力も予想され、非常に困難な作業になろうが、消費税増税を控えている現在、何らかのアクションを強く期待する。

二つ目は、消費者への啓発活動の強化だ。この度、流通研究所は、農水省の食育推進に係る補助事業の採択を受け、直売所の店頭で野菜ソムリエらと連携して消費者に対する啓発活動を行っていく。先ほどは、スーパーの悪口ばかり言ったが、農産物価格を下落させ続けた最大の罪は消費者にある。総務省の家計調査によれば、一世帯あたりの1ヶ月間の野菜購入額は4,300円にしか過ぎない。しかし、少しでも価格が高いと「家計を圧迫する」などという消費者の声が高まり、マスコミもこれに追随しようとする。流通研究所は、この度の事業によって、青果物の摂取がどれだけ健康に寄与するか、青果物の適正価格とはいくらかなど、少しでも消費者に分かってもらえるような活動をしていきたい。

そして、三つ目は、農産物直売所の再生だ。農産物直売所は、農家による農家のための小売店であったはずだ。しかし、昨今、低価格競争に陥り、品質が低下する傾向が見られる。これは、技術力・気力が落ちてきた高齢農家や、技術力を持たず趣味的感覚で農業をやっている定年帰農者などの出荷者割合が増加したことが原因の一つだと考えている。私は、農産物直売所で安売りはしてはならないし、ひどい規格外品は売るべきではないと考えている。直売所の安さが、スーパーの安売り合戦に、さらに拍車をかける結果となる。農家のための直売所であるはずなのに、農家が自分で自分の首を締める結果になってしまう。

このように考えると、アベノミクスに乗って農産物の適正価格の回復を図るためには、スーパーだけでなく、消費者、そして生産者の三者の意識改革が必要となることがわかる。また、農産物流通に関わるJAや市場もしかりである。景気拡大・消費回復という追い風を活かして、関係者それぞれがあるべき姿に向けてしっかり取り組み、低迷する農林水産業界を再生できないものかと考える。