第90回 | 2012.04.02

お茶の幻の産地を見た! ~静岡県掛川市上内田地区~

清々しい新年度のスタートである。寒くて長い冬がようやく終わり、じっと力を蓄えてきた桜が、一気に開花しようとしている。流通研究所の9割の仕事は、国・県・市町村からの受注であるため、毎年3月は業務の締め切りに追われ、猫の手も借りたいくらい多忙を極める。そのかわり、ほとんどの仕事が3月で終わることから、4月は新たな気持ちでリスタートが切れるというメリットがある。昨年度の課題を踏まえがっちり経営計画を立て直し、スタッフ一同、高い志を掲げ、明るく、元気よく、仕事に打ち込んでいきたい。

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さて、年度が押し詰まる中、私は、静岡県掛川市の上内田(かみうちだ)と言うお茶の産地で、アドバイザー業務をさせて頂いた。テーマは、「お茶+αの農業経営を目指して」であり、お茶の農閑期を活用した新規作物の導入により、農業経営の安定を図ろうと言うものである。先般私は、静岡県で企業の農業参入に係る講演会を開催したが、ここに参加して頂いた佐々木製茶グループの佐々木代表からの依頼であった。午後3時に掛川駅で合流し、現地を見学した後、約35名の組合員・社員の皆さんを対象に、ショート講演会並びに意見交換会を行い、最後は役員の皆様に豪華な懇親会を開いて頂いた。

先ずは、現地視察で茶園を見させて頂き驚愕した。この地区の茶園面積は約118ha、なだらかな丘陵に、太陽の光を浴びた美しい茶園が広がっていた。春風を受けながら防霜ファンが回り、遠方には富士や太平洋を臨むことができる。組合員数は78名であると言うから、組合員当たりの平均耕作面積は約1.5haであり、静岡県内の茶農家としては抜群の規模を誇る。これまで静岡、鹿児島など、多様なお茶の産地を見てきたが、静岡県内でこれだけの規模を誇るお茶の産地があるとは知らなかった。

農産物と農園には、作り手である農家の理念や技術、性格までもが鏡のように映し出される。篤農家が作る農産物と、趣味的な農家が作る農産物とは、味もかたちも収量も全く違うし、農産物を生み出す農園も違う。また、地域の生産者が協同して取り組むブランド産地と、同じ作物を作っていても個人出荷が主体になってしまった産地の農園とは自ずと差が出る。前者は、高位平準化を目指していることから地域全体で均一の栽培方法に取り組むが、後者は、土づくりから栽培方法までばらばらになる傾向が見られる。3月末の内山田地区の茶園は、整枝作業が終わり、3週間後には一番茶の収穫を迎える時期であった。どの茶園も非常に丁寧に整枝され、その姿は均一で、とても美しかった。その美しさに、78名全員の農業に取り組む姿勢、高度な技術、及び協同の精神を見て、心から感動した。

次に驚いたのは、生産を担う組合員達と、加工・販売を担う佐々木製茶グループの絆の深さである。相互の信頼関係は非常に厚く、運命共同体と言った感がある。佐々木製茶グループは、県下最大規模の荒茶製造会社である掛川中央茶業(株)、荒茶の仕上げ加工及び全国のお茶問屋・食品問屋への卸販売を担う佐々木製茶(株)、掛川中央製茶で製造した半製品を滅菌加工し原料として、ドリンク・製菓・製パン・製麺などの食品会社向けに販売を行う(株)ティーアンドフーズ、そして主に百貨店の贈答用製品などの包装・パッケージを行う菊川製茶(株)、4つの企業によって構成されている。そして、全ての企業の代表を務めるのが、カリスマ経営者である佐々木余志彦氏である。

日本一のお茶の産地である静岡県には、約3,000箇所の茶生産工場(一次加工)があり、精撰場(仕上げ加工)も約500箇所を数えるが、自社内で一次加工と仕上げ加工の両方を一貫して行ない、かつ問屋機能を持つ製茶会社は数えるほどしかない。佐々木製茶は、まさに生産販売一体で、内山田地区の全茶園におけるトレーサビリティーから製品開発・分析まで、グループ一体となって高品質なお茶づくりに努めている。また、会話の中で、佐々木代表が組合員や産地をとても大事にしていること、若い社員の教育が徹底されていること、社員と組合員がお互いに尊重・尊敬しあっていることなどが、よく分かった。その成果が認められ、なんとこれまで農林大臣賞を28回も受賞している。

さて、肝心のアドバイザー業務であるが、お茶に加え新規作物をこの地域に導入しようというテーマはなかなか難しい。お茶の年間の作業内容を確認すると、2月の防除・施肥作業に始まり、一番茶、二番茶、三番茶の収穫があり、最後の整枝作業が終わるのは11月の中下旬であることが分かった。つまり、農閑期と言っても、十分な時間が取れるのは12月と1月の2ヶ月間しかない。したがって、新たな作物導入と言っても、この時期に収穫期を迎える品目・品種・作型に絞り込んでを考える必要がある。一方、新規作物を生産する農地は、茶園とは別に砂地土壌の遊休地が確保できると言う。意見交換会の中で、農林事務所の普及員の方からいくつかの提案があったし、組合員からも多様なアイデアが出された。検討された作物としては、キャベツ、芽キャベツ、たまねぎ、ゴーヤ、スナップエンドウ、さつまいも、じねんじょ、そして新品種のプチベールなどである。

農閑期を上手く活用できることは前提であるが、私が着目したのは、①販路が決まっていること、②多大な投資を必要としないこと、③作りやすい作物であること、④マーケットの広がりが期待できることなどである。上内田地区の農家は、お茶づくりについてはプロ中のプロであっても、野菜づくりについては素人である。また、佐々木製茶グループは、お茶の加工・販売については全国NO.1のノウハウ・ネットワークを持っていても、野菜の加工・販売となると全くの新規領域となる。こうした現状・課題を踏まえながら、意見交換が進んだが、その経緯や具体的な内容については、企業秘密と考え、このコラムでの掲載は差し控えさせて頂く。

この度は、お茶+αの農業経営を目指すための、はじめての研究会と言う位置付けであり、これより何度か検討会を開き、研究を重ね結論を導き出すことになる。容易なテーマではなく、ハードルも高いが、地域ぐるみで90年間の歴史の中で、日本一のお茶の産地を作り上げてきた方々だけに、必ずや良い成果を出すものと確信している。芸術的な美しい茶園を見させて頂き、素晴らしい方々と語り合えた感動を忘れずに、私ができる精一杯の支援を継続していこうと思う。