第285回 | 2016.06.13

「農業×ハンドボール」、新たなモデルの展望
〜「フレッサ福岡」の取組〜

先日の「おはよう日本」(NHK総合)で、今春本格始動した、農業をしながらプレーする異色の男子ハンドボールクラブ「フレッサ福岡」(福岡県糸島市)の特集が放映させていた。既にいくつかのメディアで取り上げられ、私もその活動は知っていたが、テレビ放映の内容に改めて感じるところがあり、このコラムでもコメントしてみたいと思った。

かつて、オリンピックに4回出場、5位に入賞したこともあるハンドボールは、1988年のソウル大会以降、オリンピックへの出場はなく、その後人気は低迷している。ハンドボールの実業団チームを取り巻く環境は厳しく、1976年に発足した日本リーグは、ピーク時には男女計30チームあったが、母体となる企業の経営悪化などで撤退が相次ぎ、現在は16チームに減少している。こうした環境の中、この3月に大学リーグの得点王やトップリーグでプレーしていた選手など、全国から10人のメンバーが集まり「フレッサ福岡」が結成された。

ここ数年、実業団チームに代わって増えているのがクラブチームであり、「フレッサ福岡」もクラブチームとして結成された。地元の企業や支援者など、複数のスポンサーが出資し、チームの運営を支える方式であるが、スポンサー集めは容易ではないため、経営が安定しないチームも多いという。最もネックになっているのが選手の給料であり、通常の雇用形態であれば、人件費だけで年間約3,500万円かかるそうだ。

このような課題を克服するため「フレッサ福岡」は、昼はイチゴ農家として生活費を稼ぎ、夜はハンドボールの練習をするというチームづくりを考えた。手がける作物は、福岡県特産品としてブランドを確立している「あまおう」である。ちなみに、チーム名である「フレッサ」とは、スペイン語でイチゴという意味だそうだ。選手は市内の農家で研修を受けることで、新しく農業を始める人を対象とした国の青年就業給付金を年間150万円受け取る。さらに、農業法人などで働くことで、プラス約150万円の給与を稼ぎ、1年に約300万円の生活費を得ることができる仕組みである。

実業団を引退した選手は、安定した職業を得ることが難しく、選手のセカンドキャリアの習得は課題の一つになっているそうだ。給付金を受け取ることができる5年間で、農業の技術を身につけ、将来は選手たちで大きな農園を作る一方で、ハンドボールを続けることが目標であるという。生活の安定と競技に打ち込める環境を両立できる仕組みが必要だと考えた。自立した生活ができ、なおかつハンドボールができる環境を求めて、様々な若者達がチームに加わったという。

チームはこの度の福岡県予選で敗れ、目標にしていた国体出場は逃したが、2018年に日本リーグ参入を狙う。農業で生計を立てながらハンドボールに打ち込む「フレッサ福岡」は、農業としての自立とハンドボールチームの日本リーグの参入という2つの目標達成に向けて挑戦し続ける。日本のスポーツは、企業が支えてきた時代から、選手が自立していく時代に変化してきたようだ。「フレッサ福岡」は、「農業×スポーツ」という一つのモデルケースになることが期待される。

私としては、こうした取組を、もちろん応援していきたい。同様のモデルが普及すれば、日本農業に新たな風を吹き込むことになるし、農村地域の活性化にも大きく貢献することだろう。しかし、「フレッサ福岡」は今後、農業という特異な産業の実状から、様々な課題に直面することになると思う。番組を見て、先ず疑問に思ったのが、農業とスポーツの両立の可能性である。スポーツをしている若手農家も多いが、そのほとんどが趣味の領域であり、「フレッサ福岡」のメンバーのようなトップクラスをめざすものではない。

いちごの栽培は、年間を通して忙しいが、ピークは収穫期の12月から3月であろう。1年間の稼ぎがこの時期で決まることから、多くのいちご農家が不眠不休で収穫や出荷調整作業に取り組む。この期間は休みなどないし、夕飯もゆっくり食べられない状況ではなかろうか。ピークであっても、夜は練習があるから抜けさせてもらうといったことが許されるほど、農業は甘くないはずだ。さらには、試合などで丸一日休む、あるいは遠征などで3日ほど休暇をとるといったことが出来るのだろうか。

現在「フレッサ福岡」のメンバーは、研修生として農業に従事しているからよいものの、農業のプロをめざすのであれば、練習より、ほ場の方がはるかに大切になる。農家の方々は十分わかっていることだが、ほ場から目を放し、作業に手を抜いた瞬間に、農産物が全滅してしまうことは多々ある。また、大雨や台風が予測される場合は、被害を最小限にくいとめるために、何があっても不眠不休で事前の対応に取り組む必要がある。こうした農業の怖さと戦いながら、休みなく、夜も昼もなく働いてはじめて一人前になるのがプロの農家である。

将来はチームで大規模な農場を持ちたいというが、試合だからと言って、全員ほ場を離れてしまったら、とんでもないことになる。もしみんなで試合に行きたいのなら、その間作業を担ってもらえるような人を雇用しなければならないだろう。また、現実的には、スポーツに打ち込める期間は、新規就農給付金をもらって、研修生として働くことができる5年間だけだろう。5年の期限が過ぎたら、本格的なスポーツは辞めて専業農家として自立するか、異なる職業を選択するかしかなかろう。

このような課題を解決するためには、さらに高度な仕組みづくりが必要になろう。その一つの案として、クラブチーム自体が農業法人になることを考えたらどうかと考える。農地法の改正により、現在は農家以外が出資した会社でも農業は出来るようになった。地域の企業や団体、一般市民、さらにはJAなどが共同で出資し、「クラブチーム=大規模農業法人」という組織を設立する。法人形態は、配当が出る株式会社でも配当が出ない一般社団法人でもどちらでもよいだろう。この法人には、栽培技術を補うため、もちろんプロの農家にも参画してもらう必要がある。

この農業法人で、スポーツ選手は青年就業給付金をもらうことができる5年間を目安にスポーツに打ち込める特典を与える。練習や試合などで選手が不在の時は、サポーターなどが援農というかたちで手薄になった農作業を手伝う。一方で、期間が過ぎた選手はスポーツを辞めて農業法人で農業に専念してもらい本格的な技術と農家魂を習得した後、法人の経営者をめざして残るか農家として独立してもらう。

これはあくまで私案であるが、地域でスポーツと農業を両立させ持続させるためには、さらなる工夫が必要であろう。「フレッサ福岡」が一つのモデルとなって、「スポーツ×農業」以外の組み合わせを含めた、新たな仕組みが誕生することを期待したい。