第145回 | 2013.05.20
Made by Japanで世界に勝って、農業が潤うか? ~農業技術の海外流出が止まらない~
安倍首相は、「世界で勝って、家計が潤う」というキーワードを掲げ、食料輸出は7年以内に現在の4,500億円から1兆円へ、6次産業化市場は10年以内に1兆円から10兆円を目指すとし、農業の強化を成長戦略の柱に据えた。併せて、農地の集積を進めることで、10年間で農業・農村全体の所得を倍増させると約束した。私たちにとって、これほど頼もしい発言はなく、今後の政策に大いに期待したい。
その中で気になるのは、農業分野のグローバル化による農業技術の海外流出についてである。先日、ビートたけしの「ニッポンのミカタ」という番組で、「和の心は中国で作られる!?」というタイトルで、イグサ産業の現状がレポートされていた。中国・四川省にある工場では、和の伝統品である畳に使われている畳表が生産されている。今や日本に流通する畳の約8割に中国産の畳表が使われているという。後継者不足によりイグサ・畳表の供給量が減少する中で、日本の生産者が中国に渡り、徹底的に技術指導した結果、現在は国産と遜色がない品質を実現しており、国産マーケットは中国産にとって替わられてしまっている。いわゆる逆輸入の典型的な事例だ。
大手企業の海外展開は、年々加速している。三菱化学はコンテナ型の植物工場をカタールに輸出し、その後、ロシアへの輸出にも成功し、最近はカナダと高付加価値商品の開発を進めている。三菱樹脂は、太陽光併用型の植物工場を中国で試験展開し、現地で高い注目を集めている。これらの事例は、水不足や気象条件などで農産物の自給率が低い国に対し、日本の農業技術が世界に貢献していると言えよう。
アサヒビールは伊藤忠商事・住友化学と合弁会社を設立し、山東省でいちご・野菜の栽培、牛乳生産などを行っている。現地メーカーの牛乳の安全性が疑問視される中、この牛乳は1リットル300円以上の高値で販売されている。NECは、インドの農村でビニールハウスを使ったいちご栽培を始める。日本の甘い品種を無農薬で栽培し、現地のレストランなどに高値で売ることで雇用を生み出すとともに、ITを使った教育システムなどNECの製品を普及させたいとしている。農業法人の和郷園は、現地法人を設立し、上海市、浙江省、山東省などで、栽培や流通管理の指導、農機・設備の紹介、農園開発のグランドデザインやフィージビリティスタディなどのコンサルティング業務をはじめている。他にも、複数の農業法人が既にタイ、インドネシア、マレーシアなどのASEAN各国へ進出しており、日本農業の海外移転は確実に広がっている。
日本の農家・企業が持つ技術・ノウハウや創意工夫を海外に移転し、日本農業の知財で収入を得るという新たな産業モデルが確立しつつあることは事実だ。技術移転に伴い、移転先の現地企業からロイヤリティを得ることができるし、現地に合弁企業を設立すれば配当収入も期待できる。日本の農業技術も食の安全管理も世界一の水準であることから、日本企業が生産をマネジメントすることにより、おいしく安全な農産物が海外で生産させれることになる。つまり、「Made in Japan」の農産物を輸出するのではなく、「Made by Japan」による海外展開を目指そうとする動きだ。
このコラムでは、輸出促進のみに偏重した日本農業のグローバル戦略に限界があることを、再三述べてきた。国土が狭い日本は生産力やスケールメリットの発揮に限界があり、輸出にあたっては、輸送コストや関税のハンデ、鮮度の劣化などのデメリットがある。また、経済成長により富裕層マーケットが急拡大している中国では、検疫を理由とした非関税障壁がネックとなり、輸出可能な生鮮品はコメ、りんご、なしなどに限定されている。これを裏打ちするかのように、成長戦略でも、食料の輸出目標は、現在の約2倍と、かなり抑えた数字が掲げられている。
こうした動向を踏まえ、「農家のノウハウを海外市場に移転することが、日本の農業に新たな成長機会をもたらす」といった社説を最近多く目にする。しかし、日本農業がグローバル化の中で向かう道は、これでよいのだろうか。「Made by Japan」の農業が世界で普及し、各国で日本の農業技術が高く評価されることで、「Made in Japan」の農産物のブランド価値を高め、輸出品などがより高く売れるというシナリオも考えられるだろう。しかし、同じことを繰り返すが、国産農産物の輸出には限界があり、その効果は限定的なものにならざるをえないだろう。
その一方で、イグサ産業のように、技術移転により海外での生産技術が高まり、国産と同等の品質で安価な農産物が、移転先から逆輸入されるというブーメラン現象が起こらないとは限らない。日本の高付加価値農産物は、日本の土地でしか作れないと言われてきたが、これは根拠の薄い神話に過ぎないと考えている。海外には日本よりも恵まれた土地が数多く存在する。世界的な穀倉地帯と比べて、必ずしも肥沃ではない農地で、堆肥などを活用した循環型農業や、土壌を使わない水耕栽培を発展させてきたのが日本の農業といえる。日本の高い農業技術の移転が進めば、日本より肥沃な土地を持つ海外で、国産品よりも品質が高い農産物ができる可能性は高いと考える。
また、海外進出により利益を享受できる農家・農業企業は、ごく僅かである点に留意すべきであろう。「これからはグローバル化の時代なので、全ての農家は語学に堪能でなければならない。」「狭い土地にしがみついていないで、海外で農業をすることを考えろ。」などと言われたら、毎日汗水垂らして土と格闘し、おいしい農産物づくりに取り組んでいる全国260万人の農家は、何と答えるだろう。つまり、「農家のノウハウを海外市場に移転することが、日本の農業に新たな成長機会をもたらす」ことはあるかもしれないが、その効果は極めて限定的であると考える。
「Made by Japan」の動向は今後も加速することは確実であるし、これを否定しても何も始まらない。安倍首相の発言を踏まえ、今後は農業関連予算が大幅に拡大することが期待でき、農業・農村にとっては力強い追い風が吹くだろう。拡大が期待できる事業を最大限活用しながら、「Made in Japan」の生き残り戦略を、次世代を担う農家や地域と共に考え、実践していきたいと思う。.