第49回 | 2011.05.30

改めて知る日本一の農業生産法人の姿! ~野菜くらぶ研修レポート②~

前回に続き、野菜くらぶでの研修レポートを掲載する。今回は、平成18年に野菜くらぶとモスフードサービスとの共同出資により設立した「農業生産法人・株式会社サングレイス」について紹介し、今後の企業の農業参入のあり方について考えてみたい。

「サングレイス」では、「麗夏」というトマトの全天候型耐候性ハウスを見学した。試行錯誤の末、土耕に溶液を流し込む独自の技術を開発して安定的な生産・出荷体制を確立し、昨年度は早くも黒字転換を実現している。当日は、あと1週間で出荷という時期にあたり、ハウス内では青々としたトマトが茂り、花蜂が受粉に精を出していた。見学した昭和村の群馬農場1.8ヘクタールに加え、静岡県菊川市にも同規模のハウスを同時に整備しおり、リレー出荷により年間を通して安定的にモスフードサービスなどへ供給できる体制をとっている。

CIMG0707

ここで大変興味深かったのが、「サングレイス」とモスフードサービスとの関係である。モスフードサービスでは、「人間貢献・社会貢献」の経営理念のもと、「おいしくて、安全で、健康によい商品」を提供することに一貫して取り組んでいるが、食全般に対する関心がますます高まる中で、外食産業と農業生産現場との協働は、必要不可欠な要素となると判断して「サングレイス」の設立に至った。「サングレイス」の資本金は4,950万円である。一般の株式会社の農業生産法人への出資については、農地法により株式の譲渡制限があり、農業関係者(農家、農協等)以外の一構成員は、総議決権の1/10以下と決められている(現在は農地法改正に伴い一部緩和)。モスフードサービスは、「サングレイス」に対し6,000万円を出資し、約61%の株式を保有する筆頭株主であるが、無議決優先配当株式が保有株式の大半となるため議決権は1/10で、経営判断はすべて現場に任せている。つまり、金は出しても口は出さないという企業の農業参入の方式だ。

これまで多くの企業が農業参入にチャレンジしながら、そのほとんどが苦戦している。澤浦氏はその3つの要因を語った。

一つ目は、議決権を持つ企業側が、通常の製造業などと同様、短期的な視点で成果を求めている点であるという。大手企業の新規事業の場合、通常3年目で収支トントン、5年目で投資回収などと言われているが、このような短期間に農業という事業を軌道に乗らせることは、ほとんど不可能だ。農業参入をしたのは良いが、3年経っても成果が上がらない。それなら経営方針を変えよう、または担当者を変えようということになる。その結果、また一からやり直しとなり、出そうな芽さえ摘んでしまうことになる。10年間赤字でもじっくり取り組もうという長期的視野と我慢を企業が持てれば良いが、株主の短期的な要望が強まる昨今、かなり困難な話であろう。

二つ目は、企業は経営を重視して現場を軽視する傾向にある点だと言う。気象条件などによって収量・品質は異なることは頭の中では分かっていても、企業が現実を受け入れることは難しいようだ。また、大手企業の場合、経営者と現場担当者が違うケースがほとんどだ。農業はあくまで現場主義であり、様々な要件の中で最良の栽培を可能とする技術が最大の経営資源である。企業のノウハウを活かし完全な仕組みや組織をつくり、パソコンのみをあてにした生産管理手法や就業規則などを現場に押し付けても、うまく行くはずはない。「サングレイス」では、現場を第一に考え、現場には一切口をはさまず、現場責任者に全てを任せるだけの度量をモスフードサービスが持っている。その結果、現場のスタッフが寝食を忘れて創意工夫を重ね、一つずつ課題を解決し、確実な成果に結び付けてきた。

三つ目は、企業の豊富なネットワークを通して、多様な業者・コンサルタントなどが寄ってきて様々な情報提供や企画提案をすることで、現場を迷走させる傾向にある点だと言う。「サングレイス」では、一切こうした業者・提案はシャットアウトだ。現在の栽培方法や秘伝の液肥などは全て、現場のスタッフ達が開発したものだ。企業側の経営者にしてみれば、良かれと思って紹介する業者などが、結果的に現場の開発努力をそぎ、周辺情報に振り回される状況をつくってしまう。

モスフードサービスに供給するトマトはLサイズのみであるが、Lサイズの生産割合は3割に過ぎず、残り7割は「サングレイス」の判断で、自由に販売してもかまわないルールになっている。モスフードサービスへの安定的なトマト供給は重要であるが、先ずは「サングレイス」が自助努力により企業として力を付け、自立してもらいたいという親心も伺える。現在農地法改正を契機に農業に参入する企業が急増しているが、その多くは大きな赤字を抱え、先が見えない状態にあるようだ。「サングレイス」とモスフードサービスの取組は、こうした企業に対し、最も大切なことを教えてくれるものであると言えよう。

その一方で、澤浦氏は、農業法人の自己資本比率の考え方について語っていた。農業法人は、無担保・無利子で制度融資を受けられることから、借入のコストは発生しない。そのため、融資に頼り自己資本率が4~5%など、企業経営としては危険な農業法人が非常に多いそうだ。本来、健全な企業経営を実現するためには、自己資本比率は30%を目標にすべきであり、自己資本の充実が経営の安定性を生み、企業の成長に必要な人材の投資などの源泉になる。農業が他産業の様に成長できない理由の一つは、金は国から借りれば良いという資金感覚から抜け切れない点にあると指摘していた。私も全く同感だ。国の支援制度が、健全な企業経営の実現の足かせになっているとも言える。

農業に参入したい企業がいる。反面、自己資金が足りない農業法人がいる。この両者をつなぐ、うまい仕組みはないものか。この度の研修では、その大きなヒントを掴んだ。これより流通研究所は、今後の地域農業の発展に向け、企業と農家の連携による新たな仕組みづくりやビジネスモデルの構築にチャレンジしていきたいと思う。