第101回 | 2012.06.25

報道機関が招く農業の危機  ~「脱法ハーブ」と風評被害~

報道の内容や方法などによって、風評被害をもたらし、農林水産業や食品産業に大きな経済的影響を与える例が後を絶たない。報道においては、事実を伝えないか、正確な情報を受け手に対して適切な方法・表現をもって正確に伝えない場合に風評被害などの社会的な混乱を招くことが多い。古くは、1999年に「ニュースステーション」が、ダイオキシン高濃度検出事件を「葉物野菜から多く検出」と報道し、間違ったデータや誤解を招きかねないイメージ映像を流したことで、所沢市産のほうれんそうなどの野菜価格が暴落し、訴訟にまで発展したこともある。また、東日本大震災と原発事故の発生当初に広まった風評被害は、周知の通りである。

最近、事故が多発し、毎日のようにテレビや新聞・雑誌などにとりあげられている、いわゆる「脱法ハーブ」の報道は、ハーブの生産者などに大きな風評被害をもたらしている。KABSの参加農家からも、怒りの声があがっている。

先ずは、いわゆる「脱法ハーブ」といわれる有害物質について、全ての国民が正しい知識を持って頂きたい。「脱法ハーブ」は、簡単にいうと、麻薬成分に近いものに合成した化学成分(多くは粉末)で、吸引して使用される。つまり、お茶、アロマなどの食材・原料に使われるハーブとは、全く関係ないにも係らず、あたかもハーブ全体に覚醒作用があり、犯罪を生み出す巣窟であるかのような、間違ったイメージを持つ消費者が増えている。

ちなみに、麻薬と指定されていない化学成分に関しては法律的に取締りが出来ない状態にある。合成麻薬に使われている化学成分は麻薬指定され規制の対象であるが、どんなに合成麻薬の化学成分を規制しても、麻薬に指定されていないものが新たに合成される。この化学成分は、市販の薬にも使用される場合があるので、薬事法で全ての化学成分を規制することは出来ない。その結果、規制と合成ドラック開発のいたちごっこの状態になっている。未成年にも吸引者が拡大しており、吸引による事故は当面増加するものと考えられ、大きな社会問題となっている。

そもそも誰が「脱法ハーブ」などと言う紛らわしい命名をしたのだろうか。前述の生産者からの情報によれば、NHKのニュースなどでも2012年の5月ごろより、「いわゆる脱法ハーブ」というまどろっこしい言い方を捨てて、ストレートに「ハーブ屋」、「ハーブを買った」、「ハーブを売った」などとあたかもハーブが悪いもののように報道するようになったと言う。残念ながら現在は、「脱法ハーブ」と言う名前が定着してしまっている。この名称はハーブに対する風評被害を招くだけではなく、通常の食品である「ハーブ」の名称が冠されているわけであるから、身体に甚大な被害を及ぼす薬物の吸引であるにもかかわらず、「ハーブ」の手軽さや健康被害が少ないかのようなイメージを喚起して、吸引者を増やしかねないのではないか。「脱法ハーブ」の本質はハーブではなく、違法な薬物であり、報道で取り扱う際には「違法な薬物」などと報道すべきであろう。この点については、国が介入し、強制的に名前を改めさせるべきだと考える。

この度の風評被害に対する報道機関の責任は大きい。その認識を持って頂いた上で、報道機関には迅速な対応を求めたい。ハーブに対する風評被害が生じるようなイメージを与える報道は、是非とも辞めて頂きたい。誤ったイメージを植えつけたという意味での誤報道を重ねた反省と、市民の誤解を解くためにも、ハーブの素晴らしさ、伝統・文化を正しく発信することが報道機関の役割である。かつてはこうした特集番組なども多く見られたが、最近は何を恐れているのか、ハーブの良さを伝えるシーンがマスコミ媒体から消えているように思える。

この度の「脱法ハーブ」問題は、ありもしない情報に、尾ひれが足されて誇大され、噂話などが多くの人たちに広まり、「脱法ハーブ」の正確な情報を理解しないままにその言葉の持つイメージからハーブにまで健康被害があるかのような誤解が持たれたのである。それは、風評被害と断定して間違いはない。しかし、未だ改善の兆しが見られない、放射能漏れ事故の周辺産地における農水産物の買い控え現象はどうだろうか。現在は、放射性物質に関する情報が行政機関はもちろんのこと、食品では店頭でも検出値などの情報を得ておきながら、多くの人たちが自己判断で野菜や魚を買わなくなっているのが実状である。出荷制限がされた野菜や魚があったと言う事実をもとに、その産地の他の野菜や魚を購入することに不安を感じ、自己判断で買い控えをしているのである。情報不足がもたらした事故発生当初の状況とは異なり、現状はもはや風評被害とは言えない状況である。

行政機関だけでなく、卸売市場も、小売店も、そして民間団体も、福島県産品の販売努力を重ねているが、肝心の消費者の購買動機を喚起するには至っていない。かつて日本人が中国産農産物を全く買わなかったように、消費者が放射能汚染の心配される地域の野菜を買わなくなったのは、風評に惑わされているのではなく、自分や家族の健康を守るための正常な危険回避行動だとも言える。疑わしきは、買わない、食べない。これを間違った消費行動だと非難する訳にはいかない。母親が子の健康を願い、原発事故後の出荷制限などを受けた産地の食品を避けてしまう行動とその心理は当たり前なのだろう。福島県産をはじめ、関東産の農産物が買い控えられてしまう現状があるのであるから、こうした影響について原発被害と認め、産地に対する補償の拡大も求められて然るべきだろう。日本人は、東日本大震災を契機に、「絆」という言葉を再認識したと言う。しかし、残念ながら、「絆」と「食べて応援する」こととは次元が違うようだ。

では、どうしたら良いのか。このままだと、福島県をはじめとした産地は永遠に再生できない。この4月からは、さらに厳しい基準値が設定され、情報公開もかなり厳格に行われている。今年のFOOD ACTION NIPPONでも昨年同様、「食べて応援しよう!賞」が創設されているが、被災地への応援歌にはなっても、国民的な運動には至っていない。産地、流通業者、行政機関、そして報道機関が、地道に、長期的に取り組んでいくしか他に道はないのか。その答えを探しつつ、誠に非力ながら、自分にできる活動を続けて行こうと思う。