第279回 | 2016.04.18

今年度も農業は進化する
~ 平成28年度に注目すべき環境変化 ~

この季節、この国では、都会も山里も桜色に染まり、新鮮で力強い生命の息吹を感じる。行き交う人々も、背筋が伸びて、希望に満ちあふれ、その足取りは軽いように思える。長い冬が終わり、秋に植えた豆類も、空を押し上げるように、ぐんぐん成長している。さて、本日は、今年度の農業を取り巻く環境変化のうち、私が注目していることをいくつか述べてみたい。

一つ目は、加工食品の原料原産地表示義務づけ品目の拡大である。加工食品の原料原産地表示は、現在、22食品群と4品目に義務づけられている。この3月に、農林水産省と消費者庁は、農産物加工品では全体の25.7%にあたる118品目の表示を義務付けるなど、すべての加工食品を対象にして実行可能な方法で原料原産地表示を実施する方針を決めた。TPP合意により、将来的に安価な加工用原料の輸入が拡大することが予想される中にあって、原料原産地表示の義務付けにより、国産の農林水産物原料を使用した加工食品の優位性を確保しようという狙いがある。

食品メーカーの多くは、表示作業の手間などの理由から難色を示しているが、一次産業の生産者にとっては大きな追い風となる。全国で取り組まれている6次産業化や農商工連携による加工品は、地域で生産される原料を活用することから、輸入原料を活用した安価な商品と明確な差別化が出来るようになる。また、食品メーカーでも、国産原料を使用した新たな商品開発競争が生まれるだろうし、その動きは外食・中食にも拡大するものと考える。こうした動きを見越して、産地側はオリジナル商品の開発強化や、多様な実需者との契約的取引に向けた体制整備に力を入れて頂きたいと思う。

二つ目は、農業高校の魅力向上による、多様な次世代の担い手の登場である。先日昼のNHKニュースを飲食店で見ていたら、都立農業高校の新入生は女子生徒が増えているという報道があった。東京の都立農業高校では年々、女子生徒の割合が高くなり、今年度は新入生のおよそ7割が女子生徒となったという。フラワーデザインや本格的な和様菓子作りを学べたり、調理や茶道に関わる資格が取れたりするなど、女子に人気の高い職業につながる授業が多いことが女子生徒の増加につながっているようだ。農業に関わる学科がある公立高校では、全国的にも女子生徒の割合が増える傾向にあり、文部科学省の調査によれば、昨年度は全体の49%が女子生徒で、20年前より15ポイント高くなっているという。

農業高校は、少子化などの影響で統廃合が進み、現在では全国で300校程度まで減少したものの、近年は、「農業高校ブランド」の商品づくりや、鳥獣害対策、地球温暖化対策、農業・農村の活性化対策など、独自の教育カリキュラムや屋外活動に取り組む事例が多く見られる。一方、農業高校を題材にした漫画の『銀の匙』がヒットし、若者、特に女子の農業高校への関心は高まっているようだ。価値観の多様化に伴い、ほかのやつらとは異なる猟奇に、自らの青春をかけてみたいと思う若者は、今後増えていくだろう。高校生達の疲れを知らないパワーと斬新なアイデアが、日本の農業に新たな風を吹き込んでいくことを期待したい。また、やや差別的な発言になるかもしれないが、農業を知り愛する女性が増えることで、農家の嫁取り環境も改善するのではないかと期待する。

三つ目は、自民党の農林部会長を務める小泉進次郎氏の言動だ。先般も農協別の農薬の販売価格差を公表し、農家が農協から高い資材・機材を買わされていることを批判するなど、相変わらず鼻息が荒い。農協潰しとも思える農協改革の断行と、補助金に頼らない産業として農業の自立などが小泉氏の農政に対する基本姿勢のようだ。以前週刊ダイヤモンドの特集で、「小泉金次郎」をめざすとコメントがあり、「平成の二宮金次郎」を自称する私としては多少カチンと来たが、若手の政治家としてその手腕には期待したい。

確かに、農協はもっともっと自助努力して資材・機材の価格を下げるべきであろう。減価償却費を含めた生産コストが下がらなければ、輸入品に対する価格競争力もつかないし、農家所得もあがらない。また、この度のTPP合意で、25年前のガット・ウルグアイランド合意の時のような多大な補助金を期待し、補助金があるから価格が高い機材や施設を購入してもよいといった風潮が蔓延することになれば、農業・農村の体質は変わらない。農林部会は、この秋に農政改革の基本方針をとりまとめる予定であるが、圧力に屈することなく、ばらまきではない選択と集中を基本とした、めりはりがある方針が打ち出されることを期待する。

四つ目は、4月13日の日経新聞に記載されていたユニクロ柳井会長の経営戦略の転換に関するコメントだ。ユニクロは自社生産と流通経費の圧縮により、低価格でオリジナリティの高い商品構成により業界トップの企業になった。この2年間は、為替変動や消費動向などを踏まえ、付加価値を適正に価格に反映させるという方針のもと値上げに踏み切っていた。しかし、その結果、客足は遠退き売上は低迷した。こうした経緯を踏まえ、柳井氏は過去2年間の失敗を認め、再び低価格路線へ戦略を転換することを表明した。

大手企業の労使交渉では3年連続のベアアップが実現され、所得の向上・消費の拡大、高価格帯商品への購買意欲の向上といった効果が期待されるが、思うほど消費環境は改善していないようだ。再び低価格志向が強くなれば、企業の業績は悪化して、賃金が減り、消費が落ち込むというデフレスパイラルに落ち入る懸念がある。低価格志向は、食料品である農産物価格の低迷に直結する。かつてのように、価値があるものを、価値に見合った適正価格で売ると言う正論が通らない社会に戻らないことを心から祈りたい。

本日は新年度の農業を展望するにあたり、いくつかの脈絡もない話題をとりあげてみた。わかったことは、農業を取り巻く環境は今年もまた変化するということだ。そして、その環境変化は、良いこともあれば悪いこともある。それは農業に限らず、全ての産業分野でも同じことがいえる。経営戦略の立案などで活用するSWOT分析では、機会と脅威という言葉を使うが、農業においても、時代の流れを見極めつつ、チャンスを捉え、リスクを回避するための戦略が求められる。時代の流れをぼやっとしてみているような者は、時代の流れに取り残されてしまう。適切な戦略を打ち出し実行するものだけが生き残り、農業を進化させる牽引車となっていくことだろう。