第264回 | 2015.12.14

消費税増税と軽減税率を考える ~軽減税率は担い手支援につながる?~

与党は現在、2017年4月の消費税増税における軽減税率のあり方を協議しており、外食を除外し、農産物などの生鮮食品に加え、加工食品全般がその対象とすることで決着する見込みである。消費税増税は誰も望むことではないが、少子高齢化が進み労働人口が減少する中で、広く薄く国民から税を徴収し、政策実施に向けた財源を確保していくという仕組みは、この国にとって必要不可欠であろう。

消費税は消費者の負担も発生するが、事業者の負担も大きい。今後は事業者も売上に対して10%の消費税を支払うことになる。しかし、事業者が支払う消費税は、二重課税を避けるため、単純に言えば「売上×消費税率-仕入など×消費税率」で計算される。例えばスーパーの場合、ひと月の売上高が3億円で仕入高が2億円の場合、「3億円×10%-2億円×10%」と計算され、支払う消費税は3,000万円ではなく1,000万円となる。

一方、人件費というコストには消費税がかからないため、コンサルティング会社である流通研究所のように、仕入高が少なく、人件費がコストの大半を占めるような企業は、下手をすると売上高×10%の消費税をそっくり支払わねければならないケースもある。自分の会社のことを言って恐縮であるが、流通研究所のクライアントの9割は国・県・市町村である。しかし官公庁の予算は、「消費税込みで1,000万円」などと設定されることが多い。したがって、消費税が上がっても予算額はあがらず、うちの実質的な売上は目減りすることになる。国策として増税することの趣旨を踏まえ、官公庁はこうした悪習を是非改めて頂きたい。

さて、農産物に対する消費税増税の影響である。農産物の増税は基本的に生産者所得を目減りさせることになる。増税されても、スーパーは強引に価格を据え置こうとすることから、増税分は生産者が負担することになる。つまり、生産者は流通研究所と同様、増税分を販売価格に転嫁できず、その分損をする訳である。こうした意味で、この度は軽減税率適用は、農業全般にとって朗報といえる。

スーパーなどでの店頭価格の表示は、内税と外税の2つが存在する。様々なスーパーを回ってバーコードシールを確かめてみると、スーパーによって「398円(税込)」、「380円(税別)」などという2つの表記の仕方があることに気付く。消費税を10%とした場合、前者では、消費者が支払う金額は398円であり、実質的な売値は362円で、これに36円の消費税が上乗せされた価格になっている。一方、後者では、消費者が支払う金額は380円+38円=418円である。

さて、どちらの表記の方が正しいだろうか?消費者のことを考えれば前者がよいだろうが、私は後者の表記の方が正しいと考える。税別で680円というメニュー価格を表記してるラーメン屋に入って、勘定する際「734円になります」などと言われ、むっとした経験は誰にもあるだろう。しかし消費税は、国民が等しく負担すべき税金であり、通常の商取引とは別ものと捉えていく必要がある。「消費税込み」と店頭で表記をしているスーパーは、取引の上でも「消費税込み」という感覚で商売を行う傾向が強い。こうした感覚で取引することが、生産者は増税分を価格に転嫁できないなどといった悪弊をもたらす要因になりやすい。

次に、農産物が軽減税率の対象となり、8%で据え置かれた場合のメリットについて考えたい。前提として、年間売上高1,000万円未満の農家は非課税事業者であり、事業に関わる消費税を支払わなくてもよいことになっている。ちなみに1,000万円未満でも、課税事業者を選択することは出来るが、わざわざ無駄な税金を払うようなバカはいない。日本は零細農家が多いことから、農家の92%は非課税事業者で消費税は払っていないことになる。したがって、消費税が上がろうが据え置かれようが、あまり関係ないと考える農家も多いようだ。

一方、年間売上高1,000万円を超える農家はすべて、消費税を支払う義務がある。したがって、消費税についても敏感にならざるを得ない。農家は、種や苗、肥料や農薬、出荷用のダンボールや包装資材など購入し、農産物を生産・販売する。消費税が10%に増税した場合は、購入資材などは増税対象となる。一方、販売価格は8%に据え置かれることになると、支払う消費税についてはメリットが生じることになる。少し難解であるが、例えば年間売上高2,000万円で、原価償却費や動力費などを含めた課税対象となる経費が1,000万円かかる経営を行っている農家について、以下のような単純な計算式で考えてみたい。

①現行の消費税8%の場合の支払消費税額
売上高2,000万円×8%-課税対象経費1,000万円×8%=80万円
②すべてが消費税10%に増税された場合の支払消費税額
売上高2,000万円×10%-課税対象経費1,000万円×10%=100万円
③農産物を対象とした軽減税率8%が適用された場合の支払消費税額
売上高2,000万円×8%-課税対象経費1,000万円×10%=60万円

ここで申し上げたいのは、「③農産物を対象とした軽減税率8%が適用された場合」は、「②すべてが消費税10%に増税された場合」はもとより、「①現行の消費税8%の場合」より、支払う消費税額が少なくなるという点である。売上高2,000万円の場合は20万円の減税、売上高5,000万円の場合は50万円の減税となり、規模が大きくなるほど減税メリットは大きくなる。そこで、軽減税率適用は、新たな設備投資の機会であると考えることもできる。機械や施設の購入費の消費税は増額され、販売価格の消費税は据え置きになれば、支払消費税額は現在より少なくて済む。

実際には、増税に伴い仕入コストも上昇することが予想されることから、それほどのメリットにはならない可能性もある。また、様々な税の優遇制度があったり、逆に税率と連携しない取引慣行があったりして、必ずしも前述したような結果にはならないだろう。しかし、大局的に考えば、軽減税率は担い手支援につながると言えよう。いずれにせよ、規模拡大を志向する農家、中核的農家にとって軽減税率適用は朗報であり、チャンスと捉えることができる。可能であれば、税理士の先生などの協力を得ながら、各自の農業経営に併せて消費税のシミュレーションを行い、2017年以降の経営展望を見つめて頂きたい。