第274回 | 2016.02.29

農業人の生き様を考える
~かしわで物語にみる農産物直売所の真髄~

去る2月23日、福島県国見町の道の駅開業支援業務の一環として、千葉県柏市の農産物直売所「かしわで」の代表を務める染谷茂氏を講師に招き、出荷者組合の研修会を開催した。染谷氏は農業者として経営者として、私が最も尊敬する一人である。講演のテーマは、「かしわで物語にみる農産物直売所の真髄」である。染谷氏の話を、震災復興を御旗に団結して道の駅開業に向けて取り組んでいる出荷者の皆さんに聞かせたくて、旧知の仲であることに甘え、講師をお願いしたところ快く受けて頂いた。

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染谷氏は、農業高校卒業後、悔いのない人生を送りたいと考え、周囲の反対を押し切り就農した。染谷氏は、(有)柏みらい農業の代表も務めており、75haの農地で米、小麦、じゃがいもなどの土地利用型農業に取り組んでいる。廃棄物だらけになった土地を、年月をかけて農地に再生した経緯がある。この話は昔でいう開墾事業であり、染谷氏の開拓者としての原点、真の農家としての原点を知ることができる。

高度経済成長期は、商工業が急成長する一方で農業は衰退した。人口は増加し、特に都市近郊の農村地帯ではベッドタウン化が急速に進んだ。評論家の竹村健一氏が「都市近郊で農業をやっているやつらがいるから、地価が高くなり国民の住宅事情を圧迫している」、「農産物はすべて輸入すればよく、そうすれば物価は下がり国民の利益につながる」と息巻いてころだ。「農業不要論」が社会にはびこり、中国産のねぎが大量に輸入され市況は大暴落した。そして農地はゴミ捨て場となり、農家は将来に希望を持てなくなった。

染谷氏は、竹村健一さんの話に心から憤慨し、地域農業の将来を憂いた。そして「自分には何ができるのか」を考え、15名の有志が集まり連夜協議を重ねた。その結論が、農産物直売所「かしわで」の開設だった。直売所で儲けてやろうと言うより、追い込まれた農家達が、柏市で生き残るための手段として始めた事業である。直売所建設のための資金調達や出荷者の組織化などの準備を経て、平成16年5月に「かしわで」はオープンした。開業から3年間は赤字で、この間15名の有志は無給で働いたが、誰一人文句は出来なったという。

平成21年には、1日当たりの平均来場者数は1,700人、平均売上高は320万円まで拡大し、直売所経営はようやく軌道に乗った。その一方、消費者に農業を知ってもらう機会をできるだけ多くつくろうと、農産物の収穫体験、収穫祭などのイベントの開催に加え、市内小中学校への地場農産物の供給事業を開始した。これらの事業はすべて赤字であるが、「農業不要論」が再び浮上するようにしないためにも、次世代を担う子供たちの食育のためにも、必要不可欠な取組として、今後も継続・強化していく方針である。

平成20年に柏市内で農産物の残留農薬検出事件が発生し、マスメディアで大々的に取り上げられたことから、「かしわで」でも全出荷者を対象とした研修会を繰り返し、安全対策を強化した。しかしそれでも、平成22年に「かしわで」で販売する農産物から2件の残留農薬が検出された。「かしわで」は利用者への告知と商品回収を進めたことに加え、自らの責任をとって半年間の自主休業を決断した。その後、全生産者への研修の強化、履歴チェック、現地確認などで奔走した。なお、休業期間中、多くのパート職員が無償で店舗の清掃作業を行っていたという。

多大な費用をかけて150検体の農薬検査を行い店舗は再開したが、その僅か3か月後の平成23年3月、東日本大震災が起こり、柏市は放射能のホットスポットとして何度もメディアに取り上げられることになる。「かしわで」は自主的な放射能検査を行い、その結果を常時公表したが、客離れは止まらず、平成21年実績の約7割まで売上は落ち込んだ。対策として、大学の教授などを委員に招聘して第3者委員会を設立し、安全・安心プランを策定して全出荷者を巻き込んだ運動を展開した。また、市内の青年会議所をはじめとした商工団体や市民団体からの応援を受け、風評被害払拭キャンペーンを展開した。

この2つの事件を通し、染谷氏をはじめ、「かしわで」のスタッフ一同、全出荷者は、農産物の直売事業に対する信念と団結力を強固なものにした。どれだけ悔しい思いをし、落胆したことか想像できる。しかし染谷氏達は、決してあきらめず、その都度、顧客に対する誠意ある対応と再生に向けた最大限の努力を惜しまなかった。その結果、多くの消費者や他産業の団体からの支援される存在となり、現在業績は回復する傾向にある。

私も何度か「かしわで」を訪問したが、その品質の高さや鮮度、従業員の笑顔で明るい対応にもいつも驚かせられる。売場を通して染谷氏の、そして「かしわで」の従業員・出荷者の考えや姿勢が伝わってくる。おいしくて安全な農産物をつくり消費者に食べてもらう。生産者も店舗の従業員もそのために最大限努力する。それが「かしわで」の真髄である。そして、これらの真髄を築き上げたのは、組織のトップである染谷氏の、地域農業への熱い思いと経営者としての崇高な理念と英断にある。

最近このコラムでは、意図的に、私が日頃懇意にしている第一級の人物を取り上げている。その方々の生き様、人としての原点、困難に直面した時の対応、そして時代の変化に挑戦し続ける凄みなどを再確認することで、私自身の生き方に間違いがないか確かめようとしている。染谷氏は、人生の先輩として、農業界のカリスマとして、私に多くのことを教えてくれる。その教えを活かすためにも、私なりの信念と情熱をもって、自分が選んだ道を力強く歩いていこうと思う。