第267回 | 2016.01.12

農業・農村と地方創生 ~FSニューズレター56号より~

私は日本フードシステム学会の会員であり、一昨年から理事を務めている。日本フードシステム学会とは、わが国の食料問題、食品産業問題について、川上の農水産業、川中の食品製造業、食品卸売業、川下の食品小売業、外食産業、それに最終消費である食生活が、それぞれ相互関係を持ちながら全体としてフードシステムを構築しているという新しい観点に立ち、シンポジウムやセッション、学会誌等の刊行を通して、その問題を解明しようとする日本学術会議に登録された学術的な産・学・官共同の研究集団であり、著名な大学の先生をはじめ約700名の会員で構成されている。

その中で私は、恐れ多くも、学会の会員相互の情報伝達のための情報誌である「FSニューズレター」の編集員を仰せつかっている。編集委員とは、基本的なテーマを設定し、テーマに沿って執筆する先生方を選定し、先生からの寄稿をとりまとめる仕事である。諸先生方の協力を得て、平成27年12月号としてホームページ上にアップしたので、本日はその内容を紹介したい。

現在、地方創生の御旗のもと、全国で戦略的な取組を立案・推進中である。その中で、地域独自の資源であり文化である農業・農村に着目し、新たなフードシステムや6次産業化などの実現をめざした仕組みづくりをめざす地域が多い。しかし、ビジョンは描けても、実現に向けた視点や具体的な手法、手順などのノウハウが希薄で、実現に至らない例も多いものと考えられる。そこで、私が担当した56号は、「農業・農村と地方再生」をテーマに掲げ、現在第一線で活躍されている著名な6名の先生に、それぞれの視点で執筆をお願いした。

巻頭言は、東京大学の中嶋康博先生にお願いした。中嶋先生は現在、国策に係る委員会の委員などを歴任されており、日本フードシステム学会の副理事長でもあることに加え、新聞紙誌に毎週のように社説を出されるなど超多忙な先生である。巻頭言の内容は、「地方創生モデルの新展開」というテーマで、昨年10月に発表された「地域活性化・地域住民生活等緊急支援交付金(地方創生先行型)先駆的事業分(タイプⅠ)」の交付対象事業に関するものである。同事業では、①人材育成・移住分野、②地域産業分野、③農林水産分野、④観光分野、⑤まちづくり分野の5分野で、全体で709件が採択されており、そのうち農林水産分野については153件であった。採択された事業が成果を出せないケースが多い中、本事業は、取組みがどのように優れている(可能性がある)か、要因分解しながら提示して、各地域が「学ぶ」ことができるように工夫しており、新たな事業モデルとして期待したいと述べられている。

明治大学の元副学長の竹本田持先生からは、「ふるさと納税を農水産業振興の契機、動機づけに」というタイトルの寄稿を頂いた。「ふるさと納税」は、納税者が返礼品を目当てに自治体を選んで寄附したり、自治体側は集まった寄附金のうちで返礼品に使う割合が増えてしまうという問題もあるが、返礼品を地域内で調達することの経済的効果、PR効果は大きく、地域活性化につながっている。今後は「ふるさと納税」を、既存の特産品・名産品の生産振興、新たな農水産物の導入、加工品の開発、交流サービスの展開などの「契機」や「動機づけ」とすることが大切であると指摘されている。

東洋大学の菊池宏之先生からは、「『買い物弱者』問題解決に必要な価値共創型経営」というタイトルの寄稿を頂いた。「買い物弱者対策」は全国共通のテーマであるが、事業の継続性が重要な課題になっている。その中で、自律型経営と評価できるのは、コープさっぽろに代表される会費制を前提とした会員組織の生活協同組合などに限られている。それらに共通するのは、単に売り手と買い手の関係ではなく、買い手が売り手に経済的支援を提供する仕組み作りが存在することである。その意味では、買い物弱者対応には、売り手と買い手の双方で買物の機会を確保・維持するという、新たな価値を共創する視点が不可欠と考えられると述べられている。

九州沖縄農業研究センターの大西千絵先生からは、「農商工連携における農村アニメーターの役割」というテーマで、フランス・コロブリエール村の農商工連携の事例を踏まえた寄稿を頂いた。同村は、栗林の維持管理、栗を使った観光関係の取組みを経て、栗の農商工連携による商品開発を目的とした栗加工会社が設立されたが、その中核を担ったのは農村アニメーターと言われる人物だった。日本の農商工連携では、農村アニメーターと同じような役割を、都道府県職員や市町村役場の職員が担うことが多いが、せっかく取組みがうまくいっていても担当者の異動により取組みが中断・衰退する例が多い。日本でも、農商工連携をはじめ地域の活性化を、専門的かつ継続的に担いうる人材の配置と、そのための支援体制の整備が必要であると述べられている。

千葉大学の櫻井清一先生からは、「6次産業化という用語にひそむ危うさ」というタイトルの寄稿を頂いた。6次産業化を促進する政策として、農商工連携事業や農林漁業成長化ファンドがあるが、前者は近年認定件数が停滞しているし、後者も実際に活用された案件はそれほど多くない。制度そのものにも問題点はあるだろうが、6次産業化に関心をもつヒトや組織が内部多角化による成長志向に偏っていることも影響している。十分な経営資源がある場合は積極的に多角化にチャレンジしてよいだろうが、それが難しい場合は、自ら内部化できない経営部門については他業種に委ね、連携を図るという選択肢も検討するべきである。 6次産業化は、農業経営体が全ての関連事業を内部化すること、またそのことを善しとするような「危うさ」を秘めていると感じると述べられている。

農林水産政策研究所の平林光幸先生からは、「大規模水田作経営と地域連携」というタイトルで、地域連携により大規模な水田稲作経営をするための新たな視点について寄稿を頂いた。新潟県長岡市のある地区では、法人経営と地域農家・農協が連携し、独自販売を手がける法人と担い手(他の法人と農家)が連携して農協からカントリエレベータ(CE)を借りることによって、米の乾燥調製施設への投資負担を軽減するだけでなく、米の高価格販売も実現している。水田農業を取り巻く環境がめまぐるしく変化しているが、こうした時期こそ自らの経営と立地する地域内を見つめ直し、様々な連携を通じて共存・共生を図っていくことが重要であると述べられている。

最後に私釼持は、「古くて新しい地域創生モデル『道の駅』での組織づくりに向けて」というタイトルで寄稿させて頂いた。地方創生の視点を踏まえると、政策対効果が期待できる行政主導型の活性化モデルの一つが「道の駅」である。道の駅を核とした「農業・農村と地方創生」に向けては、道の駅を力強く前進させるための車の両輪となる、指定管理者と住民組織という2つの組織づくりが重要であるが、これらの組織の最適な姿は、地域によって様々であり、確立されたシナリオは存在しないことから、組織づくりにあたっては、地域の叡智と情熱が問われることになるという内容だ。

編集委員として至らぬ点が多く、各先生方には多大な負担をおかけしたことをお詫びすると共に、お蔭様で素晴らしい内容に仕上がったことに心からお礼に申し上げる次第である。特に東洋大学の菊池先生には、編集委員としてのイロハまでご教示頂くなど、大変お世話になり、感謝の念に堪えない。FSニーズレターは、日本フードシステム学会のホームページに掲載されている。いずれも、第一戦級の先生方の執筆による充実した内容になっているので、この度の56号に留まらず、是非ともご一読頂きたい。