第269回 | 2016.01.25

市民農家育成プロジェクト始動
~市民を農地の守り手に~

我が郷土で、地域農地の保全・活用を目的に立ちあげた農業生産法人(株)おだわら清流の郷も、設立から4年目を迎えることになる。農家の高齢化が急速に進む中で、農作業の受託や農地の借り受け・耕作を進めてきたが、農地の遊休化するスピードに要員体制がついていけない状況にある。もはや農家だけでは地域の農地は守れない。

こうした背景から平成27年度は、神奈川県の事業を通して、企業の手を借りて農地の保全・活用が出来ないものかと調査・検討を進めて来た。この3月に公開方式の報告会を開催する予定なので、詳しい結果報告はその後に行いたいが、ポイントの一つとして、企業は収益性を重視して農業に参入するのであって、社会貢献やCSRなどの視点だけでは取り組むことはしないという当たり前の結果が明らかになったことがあげられる。企業を新たな担い手と捉え、農業への参入を促進することは、今後も積極的に検討すべきであるが、それで地域農業の課題を全て解決出来るわけではない。

そこで、企業ではなく、市民を農地の守り手、農業の担い手として、発掘・育成出来ないものかと考えた。この発想は特に目新しいものではなく、既に市民農業塾や中高年ファーマー制度などの取組が全国で行われてきた。しかし、当初目論んだような成果はなかなか上がらず、塾や制度に参加した市民の多くは趣味の領域を出ず、地域農業に大きく貢献するような成果はあまり見られないようだ。では、市民農家の育成のために、どのような仕組みを作ったらよいのか。私たち、おだわら清流の郷は、その答えをようやくつかみつつある。

平たく言えば、おだわら清流の郷で市民を雇用して、栽培から販売までの技術まで習得させ、将来的に独立させるというやり方である。市民を単なる労働力として捉えるのではなく、担い手として位置づけ、将来的な独立に向けて必要な育成プログラムのもとに農作業を担わせる。市民は、自分が住み暮らす地域の農業に対し、少なからず関心や愛着があると思うし、地域で農業を行うことで、農地や景観の保全など地域貢献につながることは理解してもらいやすい。特に定年退職者にとっては、第二の人生として農業を始めたいと考える人も多いと思われる。おだわら清流の郷では、小規模ながら、以前から地域住民を時給制で雇用し、農作業を手伝ってもらう方法を行ってきた経緯もある。

平28年は、3町歩に規模を限定し、米作りを中心にこのプロジェクトを開始したいと考えている。先ずは、耕運機、田植え機、草刈機、コンバインなどの機械の操作や手入れ方法から教え込む。その上で、代かき、田植え、草刈、稲刈りなどの作業を教えながら、一緒に農作業を行いたいと計画している。また、乾燥機や籾摺り機の使い方や作業手順、さらには精米・選別・袋詰めまでの出荷作業についても教え、生産から出荷まで一貫した作業体系を習得させたいと考えている。

現在地域では、農地と一緒に多くの農業用機械が遊休化しつつあることから、市民を雇用した場合も、市民が使う機械は十分存在する。清流の郷では、生産した米の有利販売につとめているが、1町歩の米をつくっても120万円程度の売上にしかならない。一方、私の試算では、1町歩の米を生産・出荷するまでの総労働時間は多く見積もっても200時間程度であり、仮に時給1,000円としても、市民に払う年間賃金は20万円程度に抑えることが出来る。稲作の場合、機械・施設などの減価償却費が最も高い経費であり、これが予め完備されている以上、雇用をしても採算は確保できると踏んでいる。

雇用した農家には、出来た米をボーナスとして支給することも考えられるし、一部賃金に代えて成果物を現物支給することも考えられる(名目上は賃金を支払い、市民が米を定価で買い戻す)。特に初年度は、市民には無理のない範囲で働いてもらえるよう、余裕を持った作業量や労働時間の設定に心掛けたい。また、何よりも農業の楽しさや農作業で汗をかく喜びに加え、農業が地域に果たす役割などを知ってもらえるよう工夫したい。

米に加え、裏作としてのたまねぎや、夏場の高収益作物としてのおくら、ブロッコリーなどについても、市民農家育成プロジェクトで実施したいと考える。いずれも清流の郷で栽培ノウハウがあり、販売実績がある品目である。たまねぎについては、風土があっているのか、我が郷土では素人でも実よく出来る。栽培方も比較的簡単で、定植や収穫、選別・袋詰めなどの作業を市民が担ってもらえれば、規模拡大が可能になる。おくらの場合、何といっても毎日の収穫・選別・袋詰めに多大な労力がかかる。しかし軽量作物であることから、女性でも大きな戦力となる。いずれも販路の確保が課題になるが、流通研究所との契約的取引などの連携強化により、有利販売を実現させたいと考えている。

市民農家育成プロジェクトを進める上での課題の一つは、市民を募集するための効果的な広報の実施である。周年雇用をして毎月安定した賃金を払えるのであれば、ハローワークや新聞折り込みなど活用してリクルートすればよい。しかし現実的には、初年度から、それだけの作業量を毎月つくりあげて、安定した賃金を払う自信はない。むしろ月5~6万円ぐらいの賃金で、週2~3回働いて頂けるような市民を数人確保したいと考えている。こうした雇用条件で応募してもらえる現役世代はまずいないことから、対象者はリタイヤ組や主婦などになるだろう。こうした人をリクルートするには、行政の協力が必要だと考えており、広報面での支援をお願いできないものかと考えている。

はじめは小さくはじめて、実績や成果を少しずつ積み重ね、将来的には多くの市民を雇って賃金もあげ、耕作規模を拡大して、地域の農地を守るという目的で前進していきたい。また、米だけでなく、段階的に様々な品目にチャレンジして、安定した経営体への躍進をめざす一方で、農家として自立できるような市民を排出させたい。さらに、市民の意向によっては、最初から新規就農を前提としたプログラムも準備したいと考えている。その場合は、「農の雇用事業」を活用することで、月10万円の賃金の補助が期待できる。

このプロジェクトが成功すれば、市内はもとより県内、さらには全国のモデルとなる。平成28年度の、おだわら清流の郷の新たな挑戦が始まる。