第271回 | 2016.02.08

儲かる農業のための秘訣
~週刊ダイヤモンド農業特集より~

2月6日号の週刊ダイヤモンドでは、「攻めに転じる大チャンス 儲かる農業」というテーマで農業特集を組んでいる。冒頭で、自民党農林部会長に就任した小泉進次郎氏のインタビュー記事が掲載されており、その中で小泉氏は「補助金漬けの農政とは決別する」、「農協改革の手綱を緩めない」、「生産者起点から消費者起点へ転換し、世界で稼ぐ体制を構築する」などの農政改革の方向性を述べている。

特集記事は計40ページに渡り、どうすれば農業で儲かるのかをメインテーマに、プロ農家編、国際化編、新規就農者編、データ編の4編で綴られている。農地中間管理機構に農地の受け手として申請した農家13,450名を対象にアンケート調査を行い、そのうち1,925名から回答を得て、その結果を担い手農家の経営状況や経営意向や、全国JAへの評価などに活用している点が目新しい。

その中で、プロ農家編では、「お手本農家が伝授する門外不出の稼ぐ秘密」というタイトルでで、5つの稼ぐための秘密(秘訣)を整理している。インタビュー先は、いずれも誰もが知っている大規模生産法人のカリスマ経営者であり、一般の農家には参考にならないと考える人も多いであろう。しかし、大規模生産法人にも一般の農家にも共通して言える内容にまとまっていると評価できる。以下は、ポイントごとに、農業で稼ぐ秘訣について述べてみたい。

秘訣の1つ目は、「経営ビジョン」を描き切ることだ。特集記事では、茨城県つくば市で、キャベツの大規模生産とカット野菜工場の運営に取り組むワールドファームを事例にあげている。

ワールドファームの経営ビジョンは「海外産に依存する農産物を国産に置き換える」ことであり、輸入されている冷凍野菜100万トンのうち、50万トンをワールドファームで賄うという高い志を掲げている。そのために、生産から加工(カット)・販売までの一貫体制によるビジネスモデルの再構築、耕作放棄地対策を活用した農地面積の拡大、企業並みの労務環境の整備による若手人材の育成を進めてくという。

これを一般の農家に置き換えると、例えば「地産池消の担い手として高所得型農業をめざす」などのビジョンを描くことになる。ここで重要なのは、5年後・10年後など、ビジョンを実現するまでの期限を定めること、農業所得1,000万円など、数値目標を定めることだ。期限と数値目標がないビジョンは所詮夢物語に終わってしまう。次に、ビジョン実現のための、品目と生産技術、農地と施設、人材や組織、販路と販売方法など、農業経営の基本的な項目ごとに、何をいつまでにどのように実行するのかという事業内容を、立案・実行・検証・見直ししていくことだ。この作業を不退転の決意で継続しなければ、夢はかたちにはならない。

秘訣の2つ目は、「コストダウン」である。特集記事では、茨城県竜ケ崎市で米の大規模経営を行う横田農場を事例にあげている。横田農業では、125haの水田をコンバイン1台、田植え機3台で賄うなど、農業用機械への投資の圧縮により、1俵あたりの生産コストを9,000円まで引き下げることに成功している。機械に自ら工夫を加えて性能を高めていること、作業時期を分散できるよう業務用を含め7つの品種で効率的な作業体系を確立していることが成功の要因である。

コスト削減の早道は、規模の拡大によるスケールメリットの発揮であろうが、労働力などが限られる一般の農家にとって、規模拡大という選択はなかなか出来ない。農業のコストは、種・種苗代、農薬代、肥料代、そして農機代(減価償却費)などの生産費と、段ボールなどの出荷資材代、物流費、販売委託手数料などの販売費に区分できる。これらを踏まえ、品目ごとに、単位面積あたりの各経費の割合と所得率を計算し、そのコスト構造・利益構造を把握することが先決である。その上で、既成概念に捉われることいなく、どこに無駄があるのか、コスト削減のために出来ることは何かを深堀りして考えることが重要になる。

秘訣の3つ目は、「販路の確保」である。特集記事では、石川県白山市で、米・野菜の栽培及び惣菜の加工・販売を行う六星を事例にあげている。六星では、販路を決めて生産計画を立てるという考えで、おせちや鏡餅などの大ヒット商品を次々に生み出し、再生産可能な安定した価格を維持していることに加え、常に需要に供給が追い付かない状況にあるという。

自ら販路を開拓して自ら販売することは、農家の誰もが求めることであろう。ここで留意すべきことは、独自の販路を持つことで、人件費や物流費を含めた販売コストの上昇など、トータルの利益構造が悪化しないようにすることだ。毎日5件のスーパーに袋詰めした商品を配達し、委託販売している若手農家は多い。しかし、車両の燃料費は月10万円、委託販売によるロス率が15%、おまけに配達や袋詰めで毎日5時間を要しており、ほ場での作業時間は6時間が限界といった事例も多い。これでは、所得率は比較的高くても、規模の拡大は出来ないし、結果としていつまで経っても所得額はあがらないという結果を招く。むしろ、販売価格は安くても、JAや市場・仲卸などへ販売した方が、労働時間に余裕が生まれ規模が拡大できコスト削減につながることもあろう。

秘訣の4つ目は「農産物・地域のポートフォリオ」である。特集記事では、群馬県昭和村で、レタス、トマトなどの生産・販売及びこんにゃくや漬物などの製造・販売に取り組む野菜くらぶを事例にあげている。野菜くらぶの生産品目は40品目に及び、生産地は、本拠地の群馬県に加え、青森県、静岡県、京都府、島根県などにわたる「飛び地農法」を採用している。全国に産地を分散することで、周年を通した生産・出荷と一元的な有利販売を実現していることに加え、気象条件などのリスク分散を実現している。

一般の農家には、このような多品種生産や飛び地農法を行うことは難しい。しかし、米専作から、米+野菜などの複合経営への転換や、農地の高低差や土壌条件などを利用して時期をずらした生産体系を確立することは可能であろう。一方、一般の農家の場合、リスク分散のために、多くの品目を多くのほ場でつくることはお薦めしない。逆に経営効率が悪くなることに加え、ほ場管理や農産物の品質管理が手薄になる傾向にあるからだ。したがって、身の丈に合ったリスク分散の手法を見極めることが重要であると言えよう。

秘訣の5つ目は「人材育成」である。特集記事では、山梨県中央市で、野菜の生産・販売に取り組んでいることに加え、トマトの施設栽培のための三井物産との共同会社を設立している「サラダボウル」を事例にあげている。人材育成研修の徹底、能力給制度の導入、完全週休2日制の採用などを前提に、マネージャークラスの月給は30万円から最大70万円にしているという。また、社内での研修内容を動画に編集し、「オンラインアグリビジネススクール」というサイトで公開していることは有名だ。

一般の農家にとっても、後継者の育成や規模拡大に伴う従業員の教育は大切だが、その前に、自らが成長することが大切だ。農家は、一人で孤独に農地・農産物と一日中向き合うことが宿命である。それゆえ、自ら求めていかないと、全く情報が入らなくなり、独りよがりの経営に陥りやすい。行政機関やJAなどが行う研修会や交流会などには積極的に参加する共に、農家に限らず商工業者などとも多様な人脈をつくり、意見交換を重ね、経営ノウハウの習得に努める必要があろう。また、若手農家には是非、独学をする癖をつけて欲しい。この度の週刊ダイヤモンドの特集はもとより、農業の専門紙誌、さらには経営のノウハウ本などを、日常的に読み学ぶ習慣をつけて頂きたい。

このように整理すると、農業で儲かる秘密・秘訣は、どれもこれも当たり前のことばかりで、とっくの昔に解明されていることだ。ポイントは、既に分かりきっていることをやるかどうかだと思う。やりきるための強い意志を持ち、努力を重ねた者だけが、儲かる農業を実現できるのだと思う。