第272回 | 2016.02.15

企業の農地所有と地域農業のゆくえ
~特区内の企業農地所有が解禁?~

政府は今国会に、企業の農業分野での参入要件の緩和などを盛り込んだ国家戦略特区改正法案を提出する方針を明らかにした。2003年に構造改革特区で認められた農地のリース方式での農業へ企業参入は、僅か2年後には法令化され企業参入を飛躍的に拡大させた経緯がある。つまり、その仕組みが特区で認められ、問題が少ないと判断されれば、後年度全国で普及することになる。

この度の規制緩和の骨子は、企業出資型の農業生産法人の要件を緩和し、企業が間接的に農地を取得できるようにすることだ。現在の法律では、農業生産法人は農地が取得できるが、企業は農地を借りることは出来ても取得は出来ない。現在の農業生産法人への出資割合は1/4以下となっているが、昨年成立した農地法改正により、今年の4月から1/2未満に引き上げられることになっている。議論のためのモデルとして提示されている兵庫県養父市の案では、一定の条件のもと企業の出資比率が1/2以上になることも認めようというものだ。

企業は赤字になれば農業から撤退し、その結果農地の荒廃が進んだり、産業廃棄物の置き場になってしまう危険性があるという根強い懸念が残る。そこで養父市では、企業が農地を取得する際に10aあたり15万円の積立金を徴収し、農地が適切に管理されない場合は、この積立金を使い、市が企業の代わりに農地の保全管理に努めるという案を提示している。この案では不十分であるとの意見も多く、企業が農地を放棄した場合の現状回復措置のあり方が今後の論点となりそうだ。

しかし、このような規制緩和が進んだところで、企業の農地の取得は進むのだろうか。例えば、企業の農業生産法人への出資比率が3/4まで認められたとする。この場合、農家は1/4の金額を出資しなければならないが、農家は企業のように多額なお金を持っている訳ではなく、出せても数百万円単位であろう。例えば農家何人か共同で500万円出資きたとすると、企業が出資できる条件は1,500万円で、資本金は2,000万円にしかならない。

一方、農地の購入価格は、場所にもよるが、1坪2万円ぐらいはかかってしまうだろう。この場合、2,000万円の資本金すべてを農地取得に使ったとしても1,000坪(33a)の農地しか取得できない。一方、農地の賃借料は、これも場所によるものの、10aあたり年間15,000円程度ではないだろうか(1,000坪の賃借料は49,500円)。2,000万円で農地を購入するのか、年間5万円程度の地代を払うのか、経営収支を考えればその答えは明らかである。

開発計画でもない限り農地の価値は上がらないだろうし、投棄目的で農地を購入出来ない法的な制約がある中で、農地を積極的に購入しようと考える企業はまず存在しないと考えられる。さらに、企業本体が農地を取得できる訳ではなく、子会社の農業生産法人が所有できるに過ぎない。このような間接的な資産確保は企業にとってメリットが希薄であり、特別な理由がない限り、このような企業行動はとらないだろう。

したがって、規制緩和により企業の農地取得が進み、その後撤退により耕作放棄地が拡大したり、産業廃棄物置き場になってしまうなどいう懸念は妄想に過ぎない。現在でも農家が所有する農地の耕作放棄地は急ピッチで拡大しており、不在地主の問題も解決していない地域も多く、地主による農地の不法転用も多く見られる。こうした状況の中で、企業だけを悪者に仕立てるような風潮は改めなければならない。

一方、現行のリース方式での農業参入の仕組みは、参入企業にとって最適であると言えよう。安価な地代で耕作面積は拡大出来るし、実績を積めば認定農業者にもなれ、各種の助成や制度融資も受けられる。極論すれば、企業と農業生産法人の差は、農地を購入できるかどうかのみと言える。実際、私が知る限り、参入企業の多くは、農地の取得という視点では、この度の規制緩和議論にあまり関心を寄せていない。

「規制緩和=企業の農地所有解禁」というロジックで報道されがちだが、私は違う意味で、企業の農業生産法人への出資比率の引き上げなどの規制緩和に期待を寄せている。規制緩和により、地域の農家と企業が提携して、地域の農地を守り、より付加価値が高い農業経営を実現していくことが期待できる。農家が持つ地域特性を踏まえた生産技術や地域での人脈、企業が持つ資本力や広域での様々なネットワーク力などを統合することで、農家だけでも、企業だけでも出来ないアグリビジネスを産み出すことが出来ると確信している。こうした意味で、私は規制緩和には大いに賛成である。

先ほど示した資本金の例でも、農家数人が出し合って500万円集めるのは大変なことだが、企業が1,500万円出資することはそれほど高いハードルではない。2,000万円の資本金があれば、相応の設備投資も可能になるし、新たな人材も確保できる。そして生産は農家が、販売は企業が担うといった効率的な役割分担が出来れば、相乗効果が生まれ発展性が高い事業体となっていく可能性も高い。

また、企業というと全国展開する大手企業などをイメージする人も多いだろうが、私はむしろ地域の中小企業の参入に期待する。地域の企業は、地場密着で商売をしていることから、地域の農業への理解は深いし、地域農家との人脈も少なからずあるはずだ。地場密着ゆえに、農地を荒らしたり、産業廃棄物置き場にしたりすることは出来ない。そのようなことをしたら、地場密着の企業はその地域での信頼をなくしてしまうからだ。農業への参入を考えている企業、農業を通して地域に貢献したいと考えている企業は、思いのほか近くに存在するのではないかと考える。地域の農家と企業が共同出資して新たなビジネスを創造し、地域の農業振興を担う存在になるような農業生産法人を設立して欲しい。

これを実現することは、私の大きな使命だと考えている。相変らず休む暇もなく全国を飛び回る日々であるが、近年は地元志向がさらに強くなっている。全国のクライアントはとても大切であり、地域に実状に照らした最適な手法を提案し、かたちにすることがコンサルタントの使命である。しかし近年は、我が郷土で具体的な仕組みをつくるための挑戦を地道に続けている。立場上地域での活動には限界があるが、自ら主役になってリスクを抱え、情熱かけてやり遂げたいと考えている。今は具体的な話が出来る段階ではないが、その成果は近い将来、このブログなどを通して紹介したいと思う。