第265回 | 2015.12.22

企業との連携による農地の保全・活用 ~もはや農家だけでは地域の農地は守れない!~

私が生まれ育ち暮らす郷土は、農家の高齢化や離農が甚だしく、耕作放棄地が拡大しており、5年後・10年後の農地の荒廃状況を想像すると、絶望的な光景が頭に浮かぶ。うちと同様の事情を抱える地域は、全国で急速に拡大していることと思う。もはや農家だけでは地域の農地は守れないと思っている方も多いだろう。そこで、企業の力を借りて、農地の保全・活用が出来ないものかという発想が生まれてくる。

今年度は神奈川県からの委託で、企業の農業参入により、地域の農地を保全・活用するための具体的な手法を調査・研究する事業を実施している。対象とするモデル地域が私の郷土である県西地域であることから、私的な感情も相まって、かなり気合を入れて仕事に取り組んでいる。委託事業であり守秘義務があることから、調査の経緯や具体的な内容をこのブログで報告することは出来ないが、本日は、この全国共通の研究テーマに対し、地域と企業の連携のあり方や視点について述べてみたい。

相互連携を実現させるための最大のポイントは、お互いのことを深く理解することにあると考える。地域は企業を知らないし、知ろうとしない。また、企業は地域を知らないし、知ろうとしない。これでは真の信頼関係が生まれる訳がない。実はここに、企業の農業参入や地域と企業のマッチングが失敗する最大の理由がある。

先ずは、企業側の論理について考えてみたい。地域が理解すべきことの第一は、企業の農業参入の可否についての判断基準である。経営の多角化による経営の安定、社会貢献や自社のイメージ向上、人材や施設などの経営資源の有効活用など、企業参入の目的は様々であろう。しかし、企業は、どんな事業であっても単なるボランティア活動はやらない。なぜなら、そのような活用をすることは、利益の追求という企業の存立意義に反するからだ。CSR事業を行うことが企業の社会的義務などと言われているが、CSR事業を行うことで、確実に収益事業に結びつくことが実施の大前提となる。

かつては、企業が新規事業に取り組む場合、3年目で黒字化、5年間で投資回収などと言われたものだ(現在は投資回収期間は延長される傾向にある)。それが出来なかった担当者は、組織から干され、出来た担当者は出世街道に乗る。そこで、新規事業の担当者は、人生を賭け、家族の生活を賭けて、死に物狂いで仕事に打ち込む訳である。したがって、農業参入においても、事業単体による利益確保、もしくは他事業への目に見えるかたちで効果の発揮が前提になる。

ちなみに、流通研究所も地域農産物の販売事業や、農家との共同出資による農業生産法人の設立などに取り組んでおり、農業参入を果たした企業の一つであると言える。県内若手農家の育成、農家と消費者をつなぐ新たな流通システムの構築、地域農地の保全・活用、さらには神奈川型のアグリビジネスの構築など、社会的な正義を標榜した事業であり、事業の根本的な理念となっている。しかし、こうした事業に取り組むことで、赤字を垂れ流す訳にはいかない。新規事業での赤字は、会社の利益構造を不安定にするし、赤字補完のために本体業務に取り組む社員の負担を増大させ、経営全体のひずみを生む温床になる。一方、これらの事業に取り組むことで、流通研究所のブランド力の向上、営業力・企画力の増強、実践的なノウハウの習得などの波及効果は確実に生まれているが、波及効果を数値で正確に捉えることは難しい。

したがって、企業は赤字の事業をいつまでもで続ける訳にはいかないのである。参入して5年たっても黒字化のめどが立たないような事業であれば、撤退することが、企業経営の面でも、社会的倫理の面でも正しい選択である。他にも企業には様々な事情があるが、地域は先ず、こうした点について、しっかり認識してもらう必要がある。

耕作放棄が進む農地の多くは、大型機械が入るような農道が整備されていない、排水が悪い、ほ場が矮小であるなど、耕作条件が悪いケースが多い。農家が捨てた農地を企業に押し付けようという考えで企業参入を促進することは、企業に対して大変失礼であるし、社会的にも不道徳な行為である。耕作条件が不利な農地で農業を始めても、農産物の品質・収量はあがらず、経営効率も上がる訳がなく、赤字が拡大して、企業はやがて撤退することになる。その原因は劣悪な農地を企業に押し付けた地域側にも責任があり、参入企業が撤退したことを恨むのことは、むしろ逆恨みとさえ言えよう。

企業との真の連携を望むのであれば、むしろ優良な農地を集積するなど、好条件を整えた上で農地を貸しつけるべきであろう。また、離農者が持つ機械・施設を低価格で譲り渡すためのあっせん・調整、補助金や助成制度の活用支援、技術面で地域で提携すべき篤農家や生産団体の紹介、有効な販路とのマッチング支援など、出来る限りの支援体制をとるべきである。参入企業に地域がお手上げになって農地を押し付けるのではなく、企業にもうけさせることを考えるべきである。赤字が続けば企業は撤退して、元の木阿弥になる。逆に事業が軌道に乗れば、さらに規模が拡大して地域農地の保全・活用に結びつく。

一方、企業もまた地域を知らない。農業の現状・課題、農産物の栽培方法、流通の仕組み、消費者動向などについては、たくさん教科書があることから、企業の優秀な社員は十分勉強して、綿密な参入計画を立てる。しかし、教科書に書いてあることが、参入しようとする地域では必ずしも正しいとは限らないし、地域によっては不正解の場合も多い。例えば、気象条件や土壌は、集落ごと、さらにはほ場ごとに異なる。四季の寒暖差、日照、雨量、風向きや風量なども違えば、同じ粘土質系の土壌でも養分や保水力も異なるし、暗渠など基盤整備の状況も異なる。そのほ場でよく出来る作物が、隣のほ場では出来ないといった例はざらにある。適地適作と言うが、その言葉の意味は地域単位でくくれるほど、単純なものではない。

もう一つ、企業がどうしても理解できないのが、伝統行事や風習、様々に入り組んだ集落組織、そこに暮らす人々の人情など、農村特有の社会文化である。農村は、何代もそこに暮らし農業を営んで来た人々の長い歴史の上に成り立っている。農村は、昔も今も村組織が最終意思決定機関であり、地縁・血縁が核となって、延々と農地を守ってきた。それゆえ、農家は先祖代々の農地を気軽に手放さないし、よそ者を嫌う。ちなみに、現在も残るどんど焼きの道祖神の由来を知っているだろうか。村の境目にある道祖神は、よそ者の侵入を防ぎ、村を守るための神様である。

こうした背景から、企業が高尚な論理を振りかざして地域に入っきても、警戒や嫌悪こそすれ、もろ手をあげて歓迎することは少ない。したがって、農業参入をするためには、先ずは地域を知ろうとする努力、共に地域を守ろうとする姿勢が非常に大切である。具体的には、道普請や河川掃除、祭りや自治活動に積極的に参加することをお薦めする。そして、地域の要人はもとより、より多くの方々に丁寧にあいさつし、顔を覚えてもらうことが大切である。

その他にも、地域が企業について知るべきこと、企業が地域について知るべきことはたくさんある。お互いに偏見を排除し、謙虚に、本音で話し合うことから始めたい。そして、共に手をとりあって事業を成功させ、企業を地域の中核的な担い手として育成することを考えたい。もはや農家だけでは地域の農地は守れない。それゆえ企業と地域との連携は時代の必然であり、本気で取り組む事業であると言えよう。